2007.01.29

40週6日、予定日超過6日目。

そんなわけで、まーだまだ、在宅。

夫を送り出してから、だらだらと家事&入院荷物の最終確認(もう何度目だろう)。ベランダの草木に水をやったり、布団に掃除機をかけたりと、いつもの家事にちょっと入院準備を加味してみる。けれど、8時を過ぎたらほとんど痛みはなくなってしまった。

9時半、おりものに血が混じっているのを発見。これが噂に聞く「おしるし」だろうか。

元日の夜、風呂上がりに二筋ほどの鮮血が垂れてきたことがあった。そのときにも「これか〜」と思ったものだが、その後1ヶ月以上陣痛がなかったことを思えば、洗ってるときに傷でもつけたものかもしれない。

前駆陣痛におしるし。出産の前触れの3つのうち、2つが揃った。あとは破水だが、できれば破水は子宮口が全開大になってから、病院で起こってほしいものだ。本陣痛、今夜にでも来てくれるとありがたいねえ。

家事のほかはほぼ何も手につかなかった一日。すっかり気持が「分娩モード」になってしまっていた。とろとろと昼寝をし、目が覚めれば育児書に手を伸ばす。いまは、ほかのものが一切読めない頭になっている。

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まだだったか……。

午前3時13分。丸太で突き破られるような痛みで目が覚める。子宮の出口あたりがずくんばくんと痛い。
こりゃあ来たな、とわくわくしながら携帯電話の明かりで枕元のメモ帳に時刻を記入。痛みが来るたびに書き込んでいく。

3時台、3回。4時台、4回。だいたい10分おきくらいに来るのだが、途中うとうとと寝てしまうので回数は6回に満たない。5時を過ぎて、これはいよいよ陣痛に違いないと見定め、起き出して風呂を沸かした。

未明、しんとしたなかで熱い湯につかっていると、じんわり喜びが湧いてきた。しかしあろうことか、それと反比例するかのように、痛みの間隔も次第に遠ざかっていってしまった。

現在8時15分、もうすっかりけろけろ平然しているわたし。夫は心配そうに、未練を残しながら、会社に出かけていった。ごめんね、朝早くからお騒がせしてしまったよ。

くう〜くやしい。あれが、「前駆陣痛」ってやつだったのかあ。
喜んだ分、ものすごく損した気分だ。ふて寝しちゃえ。皆様、おやすみなさい。

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2007.01.28

40週5日、予定日超過5日目。

まだなの。

家事の合間にスクワット。出ろ〜出ろ〜と念じながら屈伸する姿はわりと鬼気迫っていないだろうか。

夕飯に夫がアンコウ鍋(どぶ汁仕立て)を作ってくれた。
はじめに空の土鍋で肝を炒りつけたところに、身と白菜、ねぎを重ね入れて弱火にかける。蓋の穴から勢いよく湯気が出始めた頃に中を覗くと、とんこつスープのような煮汁が上がってきている。そこへほんの少し水を足して、味噌で調味してできあがり。自宅で作ったアンコウ鍋のなかで、一番すばらしい出来だった。どこで覚えてきたものか、夫よ、でかした。

鍋のあとで、リポビタンDを飲んでみた。よい陣痛が来るのだそうである。都市伝説みたいなものなんだろうけど、もうそういうのにすがるしかないような気がする。

そして飲み終えて小一時間経ったいま。中の赤ん坊が今までよりも強めに動くのを感じている。どうした、中の人。タウリン1000ミリグラムが効いているのか? そこでごにょごにょ動くより、はよ出てきてくれたほうがお母ちゃんはうれしいぞ。頼む、早く楽にさせてくれい。

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40週4日、予定日超過4日目。

土曜日。
ほんの少し、おなかの張りの頻度が高くなったような気がする。気のせいかもしれない。

大きなショッピングモールにベビーカーを見に行くついでに、夫とふたり、パンの食べ放題の店へ行く。途中から数えるのを放棄したくらい、たくさん食べた。これでやっと「パン食い病」を完治させた。

夕方〜深夜にかけていよいよよく張るようになったが、まだ痛みを伴わない。えーい畜生寝てしまえ、と布団に入る。明けて日曜、8時になったら子宮はすっかりおとなしくなってしまった。

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2007.01.26

40週3日、予定日超過3日目。

陣痛、来い来い。

もう準備万端すぎて、疲れてしまった。これ以上うちのなかをきれいにしたくないし、入院荷物の詰め直しもしたくない。夫用の冷凍ごはんもこれ以上は冷凍庫に入らないし、ベビードレスを作る生地も尽きた。育児書の「退院〜半月まで」のページは記憶するほどに読んでしまった。ほんとにほんとに、あとは「産むだけ」なんだよ〜どうにかしちくれい。

日中は、あたたかいうちに散歩に行ってきた。ただ歩くだけというのもつまらないから、つい、店を覗いてしまう。あ、これ入院中によさそう、と見つけて買ったのが、「キスミー ヒロインメイク 永遠の美眉落ちにくいアイブロウ」という名のまゆずみ。惹句に「<ヒロインの掟>素眉は誰にも見せません。」とある。ああもう、また入院準備をしてしまった。これ以上延びたら、またなにかしてしまいそうだ。

どっしり腰をすえて、最後の静寂を楽しむくらいの肝っ玉が欲しい。
気持のうえではそのつもりなのに、つい、いらいらそわそわ動いてしまう。
つくづく、コモノであるな、わたしは。

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ニンプのからだ 不思議なこと。

40週の満期を迎えたからだは、どっしりと、重い。
が、7ヶ月のころにすこし切迫気味だったことを除けば、じつに順調な妊娠期間であった。
・尿も血液もおりものも、毎回きれいに問題なし。
・血圧も、ふだんより上下それぞれ20くらい上がっただけで済んだ。
・むくみもほんの少ししか出なかった。
・妊娠線もまだ、ない。ただ、分娩時にびりっと来る人も多いそうだから、油断できないところではある。

マイナートラブルについては、だからそれほど書くこともない。
そのかわり、不思議なことがふたつほどある。

ひとつは、「食べ物の好み」のこと。
つわりは所謂「食べつわり」で、おなかが空くと気持ち悪くなるからいつもなにか食べていた。そのころから今まで、どういうわけか、単品の食品を好む傾向がある。

8月ごろまでは、トマトばかり食べていた。トマトを切らすと不安になるほどだった。夏が終わるととたんにトマトの魅力が失せ、今度はパンが食べたくて仕方なくなった。パン屋の前を通るとその匂いに立ち止まらずにはいられない。食パンを一斤、一気に食べたことは夫には内緒にしてある。秋も深まると次にはアイスクリームが食べたくなった。一日に二個は軽い。立て続けに食べたりもする。正月前には、みかんだった。やはり一度に二つ三つは行ってしまう。そしていま、りんごにかぶりついている。

これらの食品、とくに好物だったわけではない。こんなに「食べずにいられない」のは異常である。腹の中の人がわたしを操っているに違いない。

不思議なことのもうひとつは、「力が余る」ということだ。
去年の暮れごろから、わたしは妙にパワフルな人になってしまった。

まず、風呂場の換気扇のタイマーを壊した。
120分のゼンマイ式のタイマーを、120分ぎりぎりまで回そうとした。何気なくつまみをひねっただけなのに、カチン、と頼りない音がして、行きすぎてしまっていた。内部の歯車の弁を通り越してしまったらしく、こうなるともう二度と元には戻らない。

つぎには、膝丈までのストッキングやタイツを、3枚引きちぎった。いや、ただ、ずり落ちそうになってるところを両手で引き上げただけである。なのに、指のところにぶつりとはかなく穴が開き、二度と履けないものになってしまった。

卵を握りつぶしたのは1度だけで済んだ。冷蔵庫から何気なく取りだしたとたんに、親指が殻にめり込んでいたので驚いた。

どうも、力の加減がうまくいかなくなっているようである。
同時に、体の感覚が鈍くなったのを感じている。

このところ、歯磨きが気持ちよくてたまらない。歯茎と歯の間にブラシが通る感覚がこの上なくよろしい。しかしここで、思わず、怪力を込めてしまう。ふつうに磨いただけではもの足りないような気がするのだ。同じように、舌を磨きすぎてしまう。でも、この力で磨くのがえらく心地よいのである。

入浴中は、ボディタオルでごしごし体を洗うのが楽しみだ。妊娠前は、泡立てた石鹸を使って手のひらでなでるくらいのソフトな洗い方が気に入っていたのに。以前と比べたら肌が悲鳴を上げそうなほど、がしがしとこすってしまう。

これらの事例を夫に話すと、おもしろい仮説を立ててくれた。
「分娩に備えて、力をつけているんだよ。力むときに力が足りないと困るでしょ。それと、やっぱり分娩に備えて、痛みに鈍感になっているんじゃないのかな。あんまり敏感なままだと陣痛に耐えられないかもしれないしさ」

ほほう。なるほど。これが本当なのかどうかはわからないが、いまのわたしにはえらく説得力のある説であった。

無事出産を済ませたらふつうの人に戻れますように、と切に祈る。
でないと、勢い余って赤ん坊を壊してしまいそうで、ちょっと怖い。

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2007.01.25

あらためて、40週2日目。

きのう、出産準備品の最後の大物チャイルドシートが届いて、ようやくすべての買い物が済んだ。やれやれどっこいしょ。

思えば長い道のりだった。ダイソンの掃除機から始まって、赤ん坊の着るものに爪切りといった小物、育児書のたぐいまで、この世の中にはあまりにたくさんの「出産準備品」が用意されている。初めて使うものばかりで勝手がよくわからないから、つい、あれもこれもと買いそうになる。おしまいのほうには、もう吟味するのも面倒になって、えいやっと通販の「購入する」ボタンを押していた。

そんなこんなで、きょうは40週と2日目、腹の中にはまだ赤ん坊がいる。

おとといの健診では、エコーやNST(お腹にセンサーを巻き付けて中の人の心拍などを探る検査)で元気に動く赤ん坊を確認している。いまも、ぐりぐりと足を突きだしているからたぶん元気だ。

早く出てきて欲しい。でも、なんかちょっと、惜しい。
いまの正直な気持だ。

ことによるとあと十何時間かそこらで、わたしは赤ん坊を抱いているかもしれない。いまさらながら、それはとても不思議なことに思える。

中にいるこの「存在」は、まだわたしにとっては「赤ん坊」ではないのかもしれない。もっと、人智を超えた存在……精霊とか妖精とか、そんなものに近いような気がしている。オカルト嫌いなわたしがこんなことを言うのはちょっと恥ずかしいのだが、仕方ない。

なぜそんなふうに感じるか。
妊娠中、胎児から有形無形に操られてきたからだ。

中の人が及ぼした影響は甚大だ。
つわり(食べつわりだったけど)を起こし、食べ物の好みを偏らせ、脂肪を蓄えさせた。冷え性を完全に治し、風邪を引きにくくした。ホコリ撲滅のために掃除機を新調させ、まめに掃除をする女に変えた。牛乳嫌いを克服させた。

相談相手にもなってくれた。なにかに迷ったとき——仕事でも、買い物でも——腹をなでながら「どうしようか?」と聞いてみる。答えはいつも「自分で決めれば?」に決まっているんだけどね。

なにより、この40週間というもの、わたしの生きる支えでいてくれた。
そんな、万能の存在。それが、胎児だった。わたしはこの命に守られている。

なのに、もうちょっとして生まれてしまえば、ただの「赤ん坊」になってしまうのだ。出てきたとたん、へにゃへにゃの、か弱いものへと変化する。わたしは母親として、命がけでこの子を守らねばならない。なんという不思議。

『“子別れ”としての子育て』(根ケ山 光一・日本放送出版協会)という本を読んだ。
著者によると、「出産は、子との初めての出会いではなく、最初の『子別れ』である」という。なるほど、合点がいく。常にいっしょにいたもの、不可分であったものが、離れていく寂しさと頼りなさを、わたしはいま感じている。

「早く会いたい」という気持だってもちろんある。
「重たくてしんどいからそろそろ出てきて」、とも思う。
でも、ちょっと、この一心同体の蜜月が終わるのが、惜しい。

妊娠初期には、「陣痛を乗り切るのに夫の立ち会いが必須だわ」と思っていた。けれどいまは、「夫がいなくてもこの子といっしょなら耐えられる」とかたく信じている。ごめんね、夫。けっしてないがしろにするつもりはないのだけれど。

明日の夜あたりに陣痛が来れば、週末に夫が立ち会うことも可能だろう。どうする? 我が子よ。おとうちゃんにも見せてあげようか。生まれたいときに、生まれておいで。準備は万端だ。

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予定日超過2日目。

たいへん遅くなりまして申し訳ありませんでした、コメントのお返事ようやく申し上げましたので、ご覧ください。いつもながら、ほんとうに申し訳ありません。ありがとうございました。

さてさて。
おとといが予定日で、わくわくそわそわしていたんだけれども、なんの兆しもないまま2日が経った。どうしてくれようぞ。

どうしてくれようといえば、納豆。きょう、最寄りのスーパーのタイムサービスで1パック38円で投げ売りをしていた。気の毒なほどの山積みだったから、2パック買ってきた。我が家は結婚以来7年以上、毎週2〜3パックを消費している納豆好きである。

シニア向け情報誌をつくっていたころのことを思い出した。クライアントの広告営業の女性Sが、編集プロダクションの編集者たるわたしに、無理難題を言う。

「ブルーベリーを食べると老眼が治るっていうデータ、どこかにありませんかね?」
「コラーゲンを摂ると膝関節の痛みがきれいにとれるっていう実験、できませんかね?」

タイアップ記事をつくらせて広告をとろうという算段らしいが、できるものかできないものか、ちょっとその馬鹿な頭で考えてみてもわかりそうなものだ。

捏造をするわけにはもちろんいかないから、こちらは「ブルーベリーに含まれるアントシアニンには、目の疲れを和らげるという効果が期待され、注目されています」なーんて、収まりの悪い、気持のよくない文章でお茶を濁すことになる。ああ、忌々しい、恥ずかしい。

納豆騒ぎのせいで、いやーなことを思い出してしまった。しかも出産とはなんの関係もないな。あらためて別のエントリを立てて、出産直前の気持などを記しておこう。とりあえず、この記事はこんなところで。

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2006.12.07

ニンプの体 腹のこと。

おっぱいに続き、腹周りのことについて書く。

子宮は8ヶ月を過ぎてから急速に大きく膨らみ、現在はみぞおちのあたりまで来ている。これを実感したのは、32週に入った日の明け方のことだ。

中の人は親に似て宵っ張りらしく、真夜中をすぎたころから活発に動き始める。日中は比較的おとなしい(ような気がするが、おそらくわたし自身が動いていて胎動に気が付かないだけであろう)。この日もふとんに入った時分からドスドスと蹴飛ばしてくれるのでなかなか寝つけないほどだった。とろとろと眠りかけていた4時ごろ、大きく一度、へその左上2センチほどのところへドスンときて目が覚めた。その直後、みぞおちに向かって「駆け上がる」あしあとを感じた。3歩、トントントン、と急ぎ足で子宮内壁をのぼっていった。

それはなにか心霊体験めいた違和感だった。ありえないところを、なにか小さいものが駆け上がった。目は覚めていたけれど夢の続きのようで、このまま中の生き物が口から歩いて出てくるんじゃないかと、ちょっと恐ろしい錯覚をした。

「駆け上がる」感覚は、この一度きりだ。その後も相変わらず活発に動いてはいるが、もっくりとおなかを変形させる程度である。

胎動にともなう腹の変形は、外から見ているとかなり面白い(見方によっては、気味が悪いくらいかもしれない)。ときどき、就寝前に腹を剥き出しにしてソファに仰向けに寝そべり、夫に披露している。大きくぼこり、と動いたときなどは、「おお〜」と感嘆の声があがる。「破けないのかねえ」「破けたら大変だねえ」と、間抜けな会話をしている両親である。

33週の健診では、腹囲88センチ、子宮底長30センチであった。外から見ると、おっぱいの直下から一抱えほどの腹がせりだしている状態だ。

体重は妊娠前から+9キロ。
目標を+8キロにおいていたのだが、失敗した。「ふたりきりの最後の結婚記念日」としてホテルに食事に行き、「ふたりきりの最後の旅行」では茨城にアンコウを食べに行き、「ふたりきりの最後の誕生日」にはおうち宴会(わたしだけアルコール抜き)をし……などなど、「最後」をうたい文句にハメを外しすぎた結果である。あと7週間、1キロたりとも増やさない覚悟でいかねばならん。ああしかし、「ふたりきりの最後のクリスマス」「ふたりきりの最後の正月」も控えているのだわあ。

妊娠して毛深くなったという人は多く、わたしもそれなりに覚悟はしていたのだけれど、毛よりも色素が濃くなった。みぞおちからへそを通って陰毛の生え際あたりまで、一直線の「正中線」がくっきりと現れた。これは「妊娠線」とは別ものだ。褐色の色素沈着で、へそのあたりは周りを取り囲むように拡大している。部分的に、そばかすのような濃い部分もある。乳首が黒くなるのには赤ん坊が識別しやすいというメリットがあるだろうが、この正中線に関してはなんのためにあるのかよくわからない。あまり美しくは、ない。

妊娠線は、ずぼらなケアと急激な体重変化のわりには、まだ出ていない。しかし、いつビリッと来るかと思うと、なかなかスリリングではある。用便のときなど、あまり力まないようにしている。

妊娠前のわたしは、縦長でやや深めのへそが密かな自慢であったが、いまは見るかげもない。だんだん浅くなってきたなあと感じたのが7ヶ月に入ったころ。いまは子宮に押されてほとんど平らになり、もうじきでべそになりそうな勢いである。へその底はこんなふうになっていたんだなあ、とつくづく眺め入ってしまう。

へその横に、しこりがある。胎児といっしょに少しづつ大きくなってきた子宮筋腫である。どういうわけかときどき触れる位置が変わるのだが、基本的にはへその右横1センチほどのところにある。いまは、直径4センチほどだ。厚みはどれくらいあるのだろう、外から見たときの皮膚の盛り上がりは3ミリから5ミリほどだ。大きくなるのをとめるわけにもいかず、かといっていまさら切除することもできず、様子見という名の放置をしている。あまり子宮を圧迫しないでほしいなあ、と祈るしかない。

しかしまあ、どこまで大きくなるんだ、この腹は。
そろそろ息苦しくもなってきた。
次回、マイナートラブルなどについて書く予定。

あ、そうそう。
例のデカパン、ジャストサイズになった。先日、洗濯物が乾かなくて洗い替えを切らしたために妊娠前のパンツをうっかりはいてみたところ、あまりの光景にしばらく笑い転げて起きあがれなかった。詳細は省く。

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2006.12.04

ニンプの体 おっぱいのこと。

最終的には3キロにもなる異生物を胎内で育てつつ、二足歩行を頑なに保ち続けているのだから、人類とはまったくもってご苦労ないきものである。腹だけでなく、体のいろんなところに変化がでてくるのも仕方のないことだ。

ブログをさぼっていた7ヶ月からこれまでというのはそれがかなり顕著になってくる時期で、克明にレポートしていればさぞかし読み応えのあるものになっていただろうに、と悔やまれる。
(筆力はともかくとして。過ぎたことだからなんとでも言えるのである)

あまりに日々刻々変わってゆくものだから、「いつどんなふうに」変わってきたのかを思い出すのもすでに困難なことになってしまった。そんなわけで、いま現在、33週にならんとする状況を中心に、体のことについて記しておきたい。

おっぱいについて。

妊娠前、アンダー65のCカップだったものが、現在は70のDカップがちょうどよくなっている。授乳もしやすいクロスオープンのブラジャーだ。ときどき、授乳の練習と称して、むにっと乳房を掴みだしてはにやにやしている。乳輪は相変わらずでかくて、黒い。

血管が目立つようになってきた。乳首に向かって、乳房の上を青い血管がうねうねと集まっているのがよくわかる。じいっと見ていると、軽く、グロテスクな感がなくもない。

やや切迫早産の気味があるわたしは、乳首のマッサージをすると子宮が張るので37週までは触らないように、と病院から言われている。しかし、お風呂にはいるとつい、やってしまいたくなるのだな。だって面白いんだもん。

乳輪を指でつまむと、乳首の先にぽつっと白くおっぱいが、出る。
最初に気づいたのは、9月10日のことだった(これだけは記録していた)。左のお乳の先っぽに3個所、直径2〜3ミリの大きさでぷつりと湧いた。すごいすごい。わたしったらいよいよ哺乳類。

……と、大感動していじりすぎたせいで、たぶん頻繁に張るようになってしまった。医師と助産師が、半分呆れ気味に乳首マッサージを禁止した。いまは週に1〜2回、「明日は一日外に出ない安静日」というようなときにだけ、こっそりつまんでみている。

出てくる液体は、その日によって微妙に色合いや濃度が違う。脂肪が多いのか黄みがかっていることもあれば、まっ白でさらさらのこともある。もとは赤い血液かと思うと、実に不思議なものである。

まだ味見はしていない。舌をのばせば届くのだが、なんとなく勇気が出ない。湯船のなかで絞り出したときなどは、そのまま湯のなかに溶かしてしまう。夫に内緒で「人乳風呂」をこしらえているわけだが、こうして書いてみるとあまり気持のいいものではないような気がしてきた。

こういう具合だから、母乳育児にやる気まんまんである。すでに断乳を終えた友人から「桶谷式」という乳房管理法の本を借りた。いい加減な性格のため、書いてあることすべては実践できないとは思うが、迷ったときの指標のひとつとして読んでおきたい。

ひとつだけ不満がある。
せっかく人生でいちばん乳の大きな時代を迎えているというのに、腹のほうは輪をかけて大きいから、まるっきり豊乳に見えないのである。いや、むしろ「あれ、こんなにおっぱい小さかった?」と思えるほどだ。なんか悔しい。

この錯覚は、体重管理の危機ももたらしている。8ヶ月を過ぎたあたりから急激に膨脹しはじめた胴回りのせいで、太ももが細く見えるようになってきたのだ。あら、わたしったらこんなに足がすらっとしていたかしら、と喜んでしまったうっかり者である。この1ヶ月あまりで4キロ増という失態をやらかしてしまった。

客観的にみれば実際は、胴も尻もおっぱいもでーんと張った立派なニンプ体型である。残りわずかのニンプ生活、血圧と体重を保って健康に過ごせるようにがんばろう。

次回はおなか周りについて書く。たぶん。

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2006.09.21

おなかが張って張って。

ちょっと仕事を一生懸命にやったのがいけなかったのか、今週に入ってからずっと腹が張り気味。3日もこの調子なのでさすがに早産の危機か、と通院した。来週の月曜が健診予定だったのを、繰り上げて診てもらう。

予約外で駆け込んだためにどえらく待たされ、なーんと4時間もかかってしまった。その間なんどとなく差し込む腹をさすっていたのだが、エコーの結果、いまのところ切羽詰まった問題はなさそう、とのこと。ああ、我ながら人騒がせなこと。張り止めの薬が出た。

いま、こうしている間もまだまだ苦しい。ちょっと横になりましょうかね。取り急ぎご報告。

お代は健診の自費分6500円+張りの診察200円で6700円でした。


おおっと、忘れないうちにメモ。
22週と2日
・子宮底長22cm
・腹囲75cm
・児体重553g
・胎盤はやや下のほうについてはいるが、子宮出口を塞いではいない模様。

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2006.09.05

19週の終わりのぶにんぶにん。

妊婦仲間のさちさんが、秀逸なコメントをくださった。

最近の私の気づきは、今までは前かがみになるとおへその辺りで二つに折れていた体が、今は・・・胸の下辺りで二つに折れます。三段腹にはなりようもないくらいお腹がパーンとしてきました。

おなじことを、さっき風呂場で実感した。

腰掛けた姿勢で、前傾姿勢で髪を流していた。両手でわしわし地肌をマッサージしていると、なにやら腹に当たるものがある。ぶにんぶにんと当たっているのは、下乳(したちち)のうらっかわなのだった。わたしの常識では、ふつう、乳と腹は独立して遠いところにあるので、こういう感触はありえないはずなのである。

乳が大きくなったのはいいとして。腹が大きくなるのも当然のこととはいえ。こういう未知の感覚が不意に訪れるというのは。

まあ、楽しい、と、言えなくも、ないかも。

※みっころさん、お返事明日書きます。ごめんなさい。

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2006.09.02

腹ばいができなくて困る。

おなかが邪魔で、ふとんで腹ばいに寝ることができなくなった。なにが困るって、ふとんに入ってパソコンに向かえなくなったのがとても困る。

夜中、どうにも眠れなくて、ちょうど仕事もつまっているし、なんてとき。仕事をする態度じゃなかろうというお叱りは素直に受けるが、枕元にパソコンを持ってきて作業をすることがよくあった。けれどいまはもう、できない。

飽きるんだ、ずっと机(もしくはダイニングテーブル)でやるのって。ほら、いまだっておなかのあたりがいらいらしてきた。うー、寝転がってやりたい。ぐふー。もうやだ。

こういうときは、風呂にでも入って気分転換だな。うん。

あ、腹の中の人、あなたのことを邪魔に思ったわけじゃないよ。ごめんね、気を悪くしないでね。

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2006.09.01

「けっぽった!」

昨夜、湯上がり時分にちょうどよく、中の人がぽこぽこいい出した。夫は自室でパソコンに向かっている。どうれ、さわらせてやろうじゃないか。ソファに横たわって「おーい」と呼んだ。

夫の手を腹にのせて、わたしの手をその上に重ねて息をひそめる。ややあってから、夫の顔がぱあっと明るくなる。「けっぽった!」

うん、けっぽったね。ほら、また、ぽこんって。あ、また。

「元気だねー。こんなに動くものなんだね」と感心する夫。「こんなに蹴るなら将来はJリーガーだな」「え?」

わたしは日々ニンシンを実感しているのだけれど、夫はときたまわたしの腹を見て「不思議だねー」という程度。やはり、身をもって知るわたしよりは、遠くにいる。こうして肌で状況を知ってもらうことはとても大切だ……という戦略もないではないが、でもやっぱり、よろこびを共有できたことがいちばんうれしい。「さわってくれて、ありがとね」という言葉が自然に出た。ありがとう。

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どっちでもいいの、ほんとはね。

9月にはいったとたんのこの涼しさ。風鈴が申し訳なさそうに鳴っている。そろそろしまわないといけないかな。

雨が降ったりやんだりで、ゴム段遊びの女の子たちの声はマンションの廊下から響いてくる。2年生くらいの、ちょっとおしゃまな三人組だ。女の子の声は、いいな。きらきらと弾んだかと思うと、まあるく密やかな内緒話の声になり、またはじけて追いかけ合う。

きょうは聞こえてこないが、幼い男の子の声も、なかなかいい。幼稚園の年長さんくらいの子供が、大人ぶって「オレ」と言う。けれど、そのイントネーションが「ぼく」と同じで微笑ましい。「オ」に妙に力が入ってしまう。「レな、きょう、○○のカードもらったんだぜ」。濁りのない、よく通る声。

ただしこれが声変わりに差しかかると、ちょっと辛いものがある。たまに、マンション前の道路でボールを蹴って遊んでいる中学生がいるのだけれど、あの中途半端なかすれ声にはおばさん、そっと窓を閉めてしまうんだ。ごめんね、本人たちにも辛い季節だろうとは思うんだけど。元気なのはたいへんよろしいぞ。

腹の中の人の性別は、やっぱり気になる。

女きょうだいで育ち、女子校生活が長かったわたしには、「男の子がうちにいる」ということがまったく想像できない。ベビー用品店へ行っても、自然と女の子を想定して商品を見てしまう。名づけ候補に挙げた名は、圧倒的に女児名が多い。戌の日に母からもらったベビー靴を見て、夫がぽつりと呟いた。「お義母さん、やっぱり女の子だと思ってるよね」。気がつかなかった。言われてみればたしかにその通り、この靴は女の子のほうが似合いそう。そんなことに思い至らないくらい、無意識に「女の子」だと思いこんでいる。

ねえ、中の人。どっちなんだい? と腹をさすって声をかけてはみる。けれどわたしは、まだそれをはっきり知りたくないような気もしている。気になっているのに、知りたくない。フクザツだな。

知りたくない理由は、おもにふたつ。
ひとつは、シチュエーションへの憧れ(類似記事はこちら)。わたしはどうもこういう馬鹿なところに拘泥するきらいがある。うんうん頑張って産んで、放心状態のところに「おめでとうございます、元気な○の子ですよ」と声をかけられて涙する、というあれ。やってみたかったんだ、すごく。

もうひとつは、知らないほうが二倍楽しめそうな気がするからだ。「男の子だったら」ああしよう、「女の子だったら」こうしよう。子供と三人で出会ういろんなことを想像するのに、両方の場合を考えるのはとても楽しい。そりゃ、どちらかわかっていればより具体的に準備もできようが、これまで出たとこ勝負に生きてきたわたしだから、産まれてからでもなんとでもなると思っている。それより、楽しみ二倍のほうがいい。

夫は、どうだろう。早く知りたいんだろか。次の健診は4週間後。それまでに合意をしておかなければいかんね。

※「知る楽しみ」「知ることを先にとっておく楽しみ」をご存じのうららさんへトラックバック。「どっちかな」のわくわくを長く味わいたい、お仲間です。

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2006.08.31

妊娠19週2日、健診。

これまでの記録をさぼったまま、何事もなかったかのように、きょうの健診の報告を書くのである。こういうことはすぐにやらないと結局、延ばしのばしでいい加減なことにしてしまう。これまでの数々の所業を深く反省しつつ、とりあえずはきょうの話。

この病院では、安定期に入ると助産師による健診が行われる。きょうはわたしにとって初の助産師外来。

ネットでの評判通り、助産師さんはものすごく親切だった。話をよーく聞いてくれる。こんなにじっくり話をして大丈夫なんだろかと思うほどで、まあそれなりに予約の時間はおしていた。2時半の予約が、3時半にようやく順番が回ってきた。妊婦さんはみんな、不安なんだ。だれかに話を聞いてもらいたいものなんだ。お互い様、とわたしは思うが(不妊治療のクリニックのおかげで病院で待つのにはすっかり慣れてしまったのもある)、そうでない人にはこの待ち時間は苦痛かもしれない。

頻尿と便秘に困っていることを告げ、食生活のアドバイスを受けてから、台に横になる。仰向けに寝て腹を出し、腹囲と子宮底長をはかってもらう。

・腹囲……73.5cm
・子宮底長……19cm

腹囲とはすなわちウエストである。と書きながら、こりゃあウエストの数字じゃないよなあと自分でツッコミたくなる。73.5センチ。嗚呼、わたしのくびれはいずこ。子宮底長のほうは、へそから陰毛の生えるぎりぎりくらいのところまでを計っていた。おなかの出っ張り具合を見てるんだな、きっと。手元の資料を見ると標準は「19週〜22週で18〜21センチ」とあるので、だいたいよさそうな数字。

そして、次がきょうのいちばんうれしかったこと。赤ん坊の心音を聞かせてもらったのだ。これまでの診察では、ひょこひょこ動く心臓は見たが、音を聞いたことがなかった。

心音を聞くのには、聴診器にはあまり似ていない機械を使っていた。長さ18センチ、直径3センチほどのマイクのようなのをおなかにあてる。音はそこからつながっているラジオのような機械から聞こえてくるしかけだ。

心音は、たとえるなら、電車の走る音。「カタコン、カタコン、カタコン、カタコン」という、ちょっと早めの規則的な音がする。おお。生きている。生きているぞ。ちょっとすると赤ん坊が動いていってしまって、違う音になる。「ザザー、ザザー」というテレビの砂嵐に似た音。これは、臍帯を通る血の音だそうな。うーん、おもしろい。

ふくれた腹を突きだして天井を眺めながら、ハハはしばし喜びにひたった。「うれしいもんですね」と助産師さんと目を合わせて笑ったとたんに、下っ腹に激痛が走った。動けなくなった。息をするのもひびく。腹の皮がつったみたいな痛みである。

急遽医師に診てもらうことになり、出血がないか、子宮口が開いていないか、確認した。結果、それらは問題なく、この痛みは腹の靱帯の痙攣であろうということになった。子宮を支える靱帯についてはこのページが見やすい。痙攣の原因は、わからない。強いて言えば子宮が大きくなったことが原因だそうだから、予防も治療もありえない。今後もたびたび起きてあんまり痛いような場合は痛み止めを処方する、とのことだった。

いや、しばらく休んだらけろりと治ったので薬は必要ないと思うが、なにしろ経験のない痛みなので心臓に悪い。赤ん坊がもう出たがっているのか、とどきどきした。そうはならないようでほっとしたが、人騒がせな靱帯だ。

そういえば、左膝の靱帯は8月に入ってようやく正座をしても痛まなくなってきた。靱帯だなんてふだんは意識をしたこともないような組織が、どうしてこの短期間に騒ぎ出すのか。妙にくやしいぞ。

まあしかし、思わぬハプニングのおかげで超音波で見てもらえた。助産師外来では、心音を聞くところまででおしまいの予定だったのだ。エコーの結果でひとつ気になる点。胎盤が、ちょっと下のほうにあるのだそうだ。まだこれから位置が変わる可能性が高いからすぐに前置胎盤というわけじゃないけれど、とのこと。むーん、できればふつうに産みたいんだけどな。胎盤よ、動いておくれ。

そんなこんなで病院を出たときには5時を過ぎていた。2時に受付をしてから3時間。まあ、仕方ないな。
会計は6500円。

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2006.08.30

びっくり乳輪。

妊婦のおっぱいは、張ったり増えたりするだけではなかった。まだまだ日々、変化している。

妊娠前のおっぱいが

( ・ 人 ・ )

これだとすると、妊娠19週のわたしのおっぱいは、

( ● 人 ● )

こんな感じ。
乳房が大きくなるにつれ、乳輪も大きく、そして、より黒くなった。いやあすごいすごい。

洗面所の電気をつけずに鏡にうつるのを見ると、得体の知れない怪物がぎょろりと目を剥いているようで、我が乳ながらおそろしい。赤ん坊はこわくないんだろうか。

ところでブリトニー・スピアーズのこの写真、どうしてこんなんで乳輪を隠しきれているのだろう。わたしのは、とてもとても。白人の乳輪も、やっぱり黒くなるのかしらん。黒人の場合は?

いや、そんなことはどうでもいいんだった。わたしのこれ、授乳が終わったらちゃんと直るんだろか。元通りにとは望まないけど、せめて、もう少し見目よくなってくれないかな。女として、ちょっとばかり、傷心なんである。

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2006.08.29

妊婦のおやつ。

19週に入った。このところようやく体重管理が軌道に乗ってきた。食べつわりのころからこれまで、長い道のりでありました。出産までのあと半分、なんとかこれ以上急激に体重を増やさないようがんばらねば。

便秘は、相変わらずではある。ちょっと気を抜くとぴったり出なくなる。が、手元に医者が処方した便秘薬がある、という安心感もあってか、以前ほど深刻な事態にはならないで済んでいる。

そんなわたしがこの頃毎日食べているおやつは、寒天のプルーンソースがけ。

砂糖もなにも入れずに固めた素寒天を角切りにし、ファンケルのプルーンエキスをスプーン1杯かけて食す。どう見ても黒蜜にしか見えないのに違う味がする、というのがなかなか新鮮。カロリーが低いわりには鉄分の補給にもなりおなかも満足する。

言うまでもなく便秘対策メニューとして考案したのだけれど、じつはこっちにはあんまり効いてはいない。コメント欄で何人かの方から「プルーンが効く」と教えていただいたが、わたしの腹にはプルーン、効かないみたいなのだ。残念。妹もそうなので、体質によるものらしい。乾燥プルーンを試したときもだめだった。もしかしたらエキスならいけるかも、と思って買ってみたのだけれどやっぱりおなかは変わらない。まあ期待は半分くらいだったから、そうがっかりはしなかった。なにより、おいしいのでじゅうぶんに気に入っている。

ああ、でも。
かために作った寒天をぽりぽりとかんでいると、無性に梅むらの豆かんが食べたくなってくる。困った。

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たぶんわたしの親も画数を考えてはいないはずだ。

以前、名づけ無法時代という記事を書いた。そのころはまだひとごとだったが、いざ自分の子の名を考えるとなるとやはりなかなか大変なものだと思う。いくつか候補は挙げたが、どれも捨てがたくて困る。まだ5か月あるからじっくり考えればいいのだけれど、このごろ何を見ても人の名前ばかりが気にかかる。ニュースの内容は覚えていなくても、コメントしていた大学教授の名前はメモしてあったりする。

名づけ相談の掲示板をのぞいて驚いた。画数を気にする人ってものすごく多いんだね。ほとんどの相談者がわたしよりも年下であろうサイトで、「この読みの漢字で○画のものはありませんか」「この名前がよかったんですが画数が悪くて……」などと真剣に書きこんでいる。

わたしは、姓名判断というものを信じていない。ネット上の無料診断をやったこともあるが、あくまで遊びである。まさか自分の子供の名前をそれによって決めようとは思わない。だいたい、そんなもので「運命」とやらが左右されてはたまらない。画数で名前を決めるというのは血液型で結婚相手を決めるのと同じくらい、わたしにとっては意味がないのだ。「大好きなあの人だけど、AB型だから結婚はやめたの」っていうのとたいして変わらない。

意味がある人にとっては、重大事なんだろう。それをとやかく言うつもりはない。信じるものが、あなたとわたしとで違うという、それだけのこと。

しかし、世の中にこんなに姓名判断を信じている人がたくさんいるとは知らなかった。子供を産むということは、いろんなことに目を開かされる体験なんだな。だれもが子供のために真剣になるから、ふだんは隠れていて見えないような価値観までが露わになる。興味深いことはこれからもたくさんありそうだ。

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2006.08.28

モーツァルトじゃなくったっていいじゃない。

胎児が自己主張をはじめたようなので、そろそろいいもんを聴かせてやろうと思い立つ。

胎教といっても、最近ものの本には「とくにクラシックでなくてもいい」と書いてある。好きなジャンルの音楽で、心おだやかに過ごすのがよろしいそうである。好きな音楽、か。

わたしは日頃、ほとんど無音のなかで過ごす。音楽がなくても生きていけるだろうと思っているのだが、聴くとすればフュージョンが好きだ。学生時代にやっていたのはスクエアなんかのコピーバンドである。しかしここ数年新しいCDを買っていないので、持っているものはすっかり聞き飽きてしまった。

夫が家にいる間は始終ビートルズがかかっている。最近は、スタジオで録音した自分たちの演奏をチェックすることが多いので、本物と素人コピーとが半々くらいの割合だ。「これがお父ちゃんの演奏だよ」と腹に聴かせるのもよろしいだろうが、生まれたての赤ん坊が七歩あゆんで空と大地を指さし「アホな放尿はーん」(I WANNA HOLD YOUR HAND)とか歌っちゃったら困るので、ほどほどにしたほうがいい。

で、CDを買いに行った。いろいろ考えたけどやっぱり、音の強弱があって耳に楽しく、腹にも楽しそうなクラシックがいい。

クラシックの棚の前に行くと、マタニティ向けに編集された盤がいくつもある。生誕250年ということもあり、やはり中心はモーツァルトの可愛らしい曲を集めたものであるようだ。うーん、こういうのも悪くはないだろうけど。

しばらく悩んで「マタニティ」とついているのはやめた。選んだのは、「フィンランディア」「モルダウ」「新世界より」。はっはっはっ。ミーハーというか、派手好きというか。

わたしは、バイオリンぴらぴらの曲よりも、金管楽器がんがん、ティンパニーどがんどがんの勇ましい曲が好きなのだ。弦楽四重奏よりも、フルオーケストラ。「がんがん行けえっ!」って髪振り乱して指揮するようなやつ。よっしゃ金管もっと出せー! 太鼓が足りんぞぶち鳴らせー! みたいなの。

見守っていた夫に選んだCDを見せつつそう話したら、夫は無言で「四季」を棚からとり、すがるような目でわたしの選んだものの上に重ねた。気持はわからないではない。なんのための胎教か。そうだね。あんまり勇ましいのばかりでは、赤ん坊が興奮しすぎて早く生まれ出てしまうかもしれない。おだやかに「春」でも聴きながら、小鳥のような可憐な赤子が生まれることを祈る時間があってもいい。

ついでに「冥王星入り」の「惑星」がどーんと積んであったのに心ひかれたが、やめておいた。これにはとくに理由はない。でもそういえば「冥王星」って聴いたことなかった。たぶんこれからは演奏される機会も少なくなるんだろうし、ましてや録音されることはほとんどなくなるんだろう。気の毒な曲ではあるが、わたしはその作曲者の名前も知らないのだった。

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2006.08.27

これが、胎動?

8月26日、妊娠18w4d、午後10時20分ころ。
夕方からのバンド練習に出かけた夫の帰りを待ちつつ、ちょっとうとうとしようかとソファに横になっていたらなんだか腹がぽこぽこする。じつは同じようなぽこぽこは2、3日前から感じていたのだけれど、慢性化しつつある便秘のこともあり、腸が動いてるもんだと思っていた。

横になったままスカートをまくりあげ、デカパンのなかの腹を両手でつつんでから、「動いてるの?」と声をかけてみた。ぽこん、と動いたそれは、なんとなく腸じゃない気がした。ガスだったら、腸に沿って横に動く。けれどこのぽこんは、おなかの中心から外に向かう方向で動いた。場所は、へそから5センチほど下、ちょっと右よりのところ。

よしっ、これはきっと胎動に違いない。と、決めつける。もし違ったとしても、わたしがそう思うのだからそれでいい。決めたとたんに、うれしくなって心臓がどきどきしてきた。もう一度ぽこんを感じたいのに、腹から伝わってくるのは自分の脈ばかりだ。うるさいぞ、心臓ちょっと止まっておれ。

それでもなんとか、10分ほどのあいだ不規則にぽこぽこいうのを感じとることができた。「お父ちゃん、遅いねえ」と声をかけたら、ぱったり静かになった。寝てしまったのか。「せっかく、触らせてあげようと思ったのにね」とまた声に出して言ってみる。

しかし。ものの本には、「両手をあわせた中で小鳥が動くような感じ」と書かれている胎動だが、ちっともそんな詩的なものではない。喩えるなら、やっぱりおならだろうか。むーん、うつくしくなくてごめんな、我が子よ。もうちょっと動いてくれたら、もっとましな喩えを考えてみるよ。さ、動け動け。

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2006.08.22

妊娠線を予防したい、けど。

きょうで18週に入った。これまでは「あら、便秘ひどいのねえ」くらいの大きさだったおなかも、妊婦らしくなってきた。

そろそろ妊娠線予防のケアをしたほうがいいらしい。妊娠線とは、急激に大きくなるおなかに耐えきれず、皮膚の内部(皮下組織)に縦方向の亀裂が入るものだ。表面からは赤紫色のぎざぎざした線に見える。時間が経つと白っぽく変化するが、完全に消すことは難しいらしい。急に太った人の太ももや膝の裏にできる肉割れに似ている。

これを予防するには皮膚に水分を補ってやわらかく保つことが肝心という。専用の保湿&マッサージクリームやジェルがいくつも出ている。しかし、100%予防することは不可能だそうだ。どんなに高価なものを使っても、できるときはできる。ほとんどケアしなくても、できない人はできない。そういうものだ。

もともとこういうことにはあまりマメでない女である。顔の皮膚だって年がら年中化粧水1本で済ませているほどだから、腹の皮膚など毎夜揉みほぐすはずがない。しかも、どんなに頑張っても確実に予防できるとは限らないと知ってしまった。
ならいいさ、賭で。

というわけでわたしが選んだケアは、これ。
顔につけている化粧水を腹にも塗る。
以上。

ムボーだろうか。いや、これ以上のことはできまい。そうだ、ロクシタンのハンドクリームがあるから、寝る前は化粧水の上にのばしてみてもいいな。覚えていればね。

ちなみに、化粧水は超シンプルスキンケアで知られるカツウラのAシリーズ、しっとりタイプを使っている。これはほんとうにしっとり気持がいい。真冬でもわたしの頬はこの化粧水のおかげでぷるぷるなんである。腹にも、どうにか効いてくれるとありがたい。

*「妊娠線予防」で検索してお見えになった皆様。役に立たない記事で申し訳ありません。大丈夫かとは思いますが一応念を押しておきます。けっして、真似をなさらないでくださいましね。

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2006.08.21

いらいらそわそわ。

いけない。どうしたことだろう。情緒がとても不安定。

不安と焦りと、いらだちともどかしさとが交互にやってきてわたしを突き動かす。いたたまれない、やりきれない。

友人にハガキを出しに行くついでに本屋でマタニティ&ベビー用品の通販カタログを2冊買いこむ。それらをろくに見もしないうちに、通販サイトの会員登録を3件して、4冊のカタログを請求する。マタニティウェアのページを眺めているとなんだか絶望的な気分になってきて泣きたくなる。仕事なんてもちろん手に着かない。原稿のファイルを開くこともできなかった。

どうしたんだ、わたし。ホルモンが、いけないの? わたしのなかの「妊娠」が、こんな気分にさせているの? いつまで続くんだろう、これは。明日の朝になったらすっきりさっぱりいつものわたしに戻っていますように。頼むよ、ほんと。

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好きになれない言葉。

そろそろ赤ん坊のための買い物を、とまずはネットで情報収集をはじめる。

ちょっとまえに川越のベビーザらスを偵察してきたのだが、アイテム数の多さと商魂のたくましさに目が回って早々に退散してしまったのだった。それに、使ったことがないものばかりだからなにがいいんだか皆目見当がつかない。「ほんとうに使うもの」「使いやすいもの」は口コミで探すのが一番と考えた。

そんなわけで「ママ」の集まる掲示板をいくつか巡ってみたのだが、こんどはつまらない情報の多さに辟易した。いや、もちろん役に立つ意見もときどきは見られる。けれど、その1個の玉を見出すためにかき分ける石の量が多すぎる。

女とは、——ふだんはこういう括りを極力しないようにしているのだけどきょうばかりは言わせてもらう——どうしてこうも、でしゃばりなのだ。会話には「流れ」というものがある。掲示板だって同じことだ。一週間も前に終わった話題を蒸し返されると流れが変わってしまう。「遅レスですみません」とつければいいってもんじゃない。わざわざ断りを入れてまで書くわりには、内容は他の人が書いたことの繰り返しだったりする。彼女は、どうしても「私の場合は……」が言いたいだけなのだ。

こんなのはほんの一例だ。ほかには、本筋じゃないところにいつまでも拘泥する奥さんや、自分の意見がほんのすこし否定されたとたんにキレて荒らしに転向するお母さんなど。まったくもって、くだらない。

2ちゃんねるの育児板ならそういうこともなかろうか、とやや期待をもって覗いてみたところが、やはりおんなじだった。むしろ上記のべたべたさに匿名の持つ攻撃性が加わって、もっとたちが悪い。

さてこれは育児板に限ったことではないが、2ちゃんねるでは独特の隠語がよく使われていて、仲間意識を高めるために役立っている。わたしはそれを否定するものではない。どちらかというとその機能性には感心するほどだ。

しかし育児板で見かけたもののなかに、どうしても好きになれないのがいくつかあったのでメモしておく。育児板が発祥というわけではない言葉も含まれるかもしれない。わたしがそこで初めて見たというだけで、世間一般で行われているということもあるだろう。そのあたり、ご存じでしたらご指摘ください。

===

・ギャン泣き

「ギャンギャン泣く」を縮めたものと思われる。「ベビカに乗せようとしたら赤がギャン泣きして」というように使う(ベビカ=ベビーカー、赤=赤ちゃん)。字面も響きも、どうも好きになれない。嫌なものを見てしまった、という気分にさせられる。

便利な略語ではある。「大泣き」よりも切迫感がある。赤ん坊の真っ赤な顔や、その場のいたたまれなさまで伝わってくるような響きだ。けれど、好きにはなれない。この「嫌さ」を筋道立てて説明することはできない。感覚的に、「嫌」なんである。

・ウト、ウトメ

「舅」と「姑」のことらしい。共通する「シュ」の部分を略したもの。「ウトメ」は「トメ」とも書かれる。

わたしはウトだのウトメだのに煩わされることのない幸運な結婚生活をしているので、この言葉を使って憂さ晴らしをする人々をどうこう言えた義理ではないし、はなからそんなつもりは毛頭ない。ただ、この略語が嫌いなだけだ。

ただの略語ではあるが、隠語らしい隠語でもある。これだけ見ても、なんのことだかすぐにはわかりにくい。もとの言葉との距離が大きいから、使う際の気持の負担が軽くなるという効能がありそうだ。けれどわたしは、このくぐもった響きが気に入らない。

===

ほかには「アプ(=アップリカ)」「マク(=マクラーレン)」などの略語がいやんな感じ。

2ちゃんねる育児板には、親切な人がたくさんいる。自分の体験が人のために役立つのなら、という気持はすばらしい。子育てという、人生のなかでももっとも目まぐるしい時期をともに生きている人たちの、切実な情報交換の場でもある。

なのに、言葉にひっかかって進めないわたしにとっては、じつにじつに、居心地の悪い場なのである。ああ。わたしはずいぶん損な生き方をしている。

半日ほどネットを徘徊して疲れ果た。情報を選り分ける前に、収集の時点で諦めた。もう、いい。どうせ最低限の買い物しかしないつもりなんだし、自分の直感を信じよう。少々使いにくいものを買ったって、赤ん坊の生き死にに関わるわけでもなかろう。堪え性のない母を、ゆるしておくれ。

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2006.08.17

当たり前のことに、いまさら気付く。

ぽかっと目が覚めた朝に、ふと思う。
「もしかして、妊娠したのって、ぜんぶ夢だったんじゃないかな」

そっとおなかに手をやって、夢でないことを確かめる。そうだ、胎児はちゃんと成長している。

「もう後戻りはできないんだ」と、そんなときにはいつも考える。このまま無事にいけばわたしは母になり、わたしの人生には一人の子供がいつでもともにあることになる。どちらかが死ぬまで、その状況が変わることはない。

とはいってもこれは諦めや落胆といった負の感情ではない。ただ淡々と、前へ進んでいく自分を感じている。「進んでいく」というより、胎児に「進まされている」といったほうが近いかもしれない。

今朝はちょっと違うことが浮かんだ。
なにも、子供ができたから「後戻りできない」ってわけじゃない。わたしたちはいつだって、どんな状況にあったって、刻々と年をとり、一秒ごとに死に向かっている。わたしたちは、誰もが、いつでも、「後戻りできない」のだ。ただ、平板な日常が、その事実を覆い隠している。変わらぬ暮らしの繰り返しが、「後戻りできるかもしれない」と思いこませているだけだ。

赤ん坊は、「時間の経過」という現実を自らの成長によってわたしに示す。日に日に育つ子に恥ずかしくないよう、わたしも変わっていけるといい。

きょうも、母親の過失で赤ん坊が死んだ。4か月の子を放置して5時間、食事や映画に行っていた30代の母親。彼女は、子供のいなかった時代に「後戻り」したかったのではないか。子供がいてもいなくても、それはほんとうは不可能なことなのに。

わたし自身は、この年まで授からなかったことに、いまとなっては納得している。おかげでこれまで十分、夫とふたりの生活を楽しめた。これからは子供といっしょの暮らしをおおいに楽しむつもりだ。「後戻り」など必要はない。前へ、進もう。

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2006.08.09

トリプルマーカー、結果は陰性。

とりあえず、結果のご報告を。

年齢だけでみた場合のダウン症児妊娠の確率……1/239
年齢とトリプルマーカー検査によって算出された確率……1/1576

羊水検査は希望しなかった。

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2006.08.04

トリプルマーカー、結果が出るまであと5日。

8月2日、ダウン症*の出生前診断であるトリプルマーカーテストのため、採血を行った。結果が出るのは1週間後。

出生前診断については、何度も記事を書こうとして挫折してきた。それだけ、大きな問題だと思う。このことについて考えるのは、わたしの中の、自分でも知らなかった「差別」と正面から取っ組みあわねばならない難作業だった。

結局、どう書くかということを悩んでいるうちに、この検査に対するわたしの見方がどんどん変わってきた。週数を重ねて次第に大きくなる胎児も、わたしの感情に大きく訴えているように感じる。

いまの気持は、こうだ。

 もしトリプルマーカーで陽性と出ても、羊水検査はしない。
 どんな結果でも、この子を産み、育てたい。

しかし、じっさいにそうなったとき気持がどのように動くかはわからな