そろそろ赤ん坊のための買い物を、とまずはネットで情報収集をはじめる。
ちょっとまえに川越のベビーザらスを偵察してきたのだが、アイテム数の多さと商魂のたくましさに目が回って早々に退散してしまったのだった。それに、使ったことがないものばかりだからなにがいいんだか皆目見当がつかない。「ほんとうに使うもの」「使いやすいもの」は口コミで探すのが一番と考えた。
そんなわけで「ママ」の集まる掲示板をいくつか巡ってみたのだが、こんどはつまらない情報の多さに辟易した。いや、もちろん役に立つ意見もときどきは見られる。けれど、その1個の玉を見出すためにかき分ける石の量が多すぎる。
女とは、——ふだんはこういう括りを極力しないようにしているのだけどきょうばかりは言わせてもらう——どうしてこうも、でしゃばりなのだ。会話には「流れ」というものがある。掲示板だって同じことだ。一週間も前に終わった話題を蒸し返されると流れが変わってしまう。「遅レスですみません」とつければいいってもんじゃない。わざわざ断りを入れてまで書くわりには、内容は他の人が書いたことの繰り返しだったりする。彼女は、どうしても「私の場合は……」が言いたいだけなのだ。
こんなのはほんの一例だ。ほかには、本筋じゃないところにいつまでも拘泥する奥さんや、自分の意見がほんのすこし否定されたとたんにキレて荒らしに転向するお母さんなど。まったくもって、くだらない。
2ちゃんねるの育児板ならそういうこともなかろうか、とやや期待をもって覗いてみたところが、やはりおんなじだった。むしろ上記のべたべたさに匿名の持つ攻撃性が加わって、もっとたちが悪い。
さてこれは育児板に限ったことではないが、2ちゃんねるでは独特の隠語がよく使われていて、仲間意識を高めるために役立っている。わたしはそれを否定するものではない。どちらかというとその機能性には感心するほどだ。
しかし育児板で見かけたもののなかに、どうしても好きになれないのがいくつかあったのでメモしておく。育児板が発祥というわけではない言葉も含まれるかもしれない。わたしがそこで初めて見たというだけで、世間一般で行われているということもあるだろう。そのあたり、ご存じでしたらご指摘ください。
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・ギャン泣き
「ギャンギャン泣く」を縮めたものと思われる。「ベビカに乗せようとしたら赤がギャン泣きして」というように使う(ベビカ=ベビーカー、赤=赤ちゃん)。字面も響きも、どうも好きになれない。嫌なものを見てしまった、という気分にさせられる。
便利な略語ではある。「大泣き」よりも切迫感がある。赤ん坊の真っ赤な顔や、その場のいたたまれなさまで伝わってくるような響きだ。けれど、好きにはなれない。この「嫌さ」を筋道立てて説明することはできない。感覚的に、「嫌」なんである。
・ウト、ウトメ
「舅」と「姑」のことらしい。共通する「シュ」の部分を略したもの。「ウトメ」は「トメ」とも書かれる。
わたしはウトだのウトメだのに煩わされることのない幸運な結婚生活をしているので、この言葉を使って憂さ晴らしをする人々をどうこう言えた義理ではないし、はなからそんなつもりは毛頭ない。ただ、この略語が嫌いなだけだ。
ただの略語ではあるが、隠語らしい隠語でもある。これだけ見ても、なんのことだかすぐにはわかりにくい。もとの言葉との距離が大きいから、使う際の気持の負担が軽くなるという効能がありそうだ。けれどわたしは、このくぐもった響きが気に入らない。
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ほかには「アプ(=アップリカ)」「マク(=マクラーレン)」などの略語がいやんな感じ。
2ちゃんねる育児板には、親切な人がたくさんいる。自分の体験が人のために役立つのなら、という気持はすばらしい。子育てという、人生のなかでももっとも目まぐるしい時期をともに生きている人たちの、切実な情報交換の場でもある。
なのに、言葉にひっかかって進めないわたしにとっては、じつにじつに、居心地の悪い場なのである。ああ。わたしはずいぶん損な生き方をしている。
半日ほどネットを徘徊して疲れ果た。情報を選り分ける前に、収集の時点で諦めた。もう、いい。どうせ最低限の買い物しかしないつもりなんだし、自分の直感を信じよう。少々使いにくいものを買ったって、赤ん坊の生き死にに関わるわけでもなかろう。堪え性のない母を、ゆるしておくれ。