ニンプのからだ 不思議なこと。
40週の満期を迎えたからだは、どっしりと、重い。
が、7ヶ月のころにすこし切迫気味だったことを除けば、じつに順調な妊娠期間であった。
・尿も血液もおりものも、毎回きれいに問題なし。
・血圧も、ふだんより上下それぞれ20くらい上がっただけで済んだ。
・むくみもほんの少ししか出なかった。
・妊娠線もまだ、ない。ただ、分娩時にびりっと来る人も多いそうだから、油断できないところではある。
マイナートラブルについては、だからそれほど書くこともない。
そのかわり、不思議なことがふたつほどある。
ひとつは、「食べ物の好み」のこと。
つわりは所謂「食べつわり」で、おなかが空くと気持ち悪くなるからいつもなにか食べていた。そのころから今まで、どういうわけか、単品の食品を好む傾向がある。
8月ごろまでは、トマトばかり食べていた。トマトを切らすと不安になるほどだった。夏が終わるととたんにトマトの魅力が失せ、今度はパンが食べたくて仕方なくなった。パン屋の前を通るとその匂いに立ち止まらずにはいられない。食パンを一斤、一気に食べたことは夫には内緒にしてある。秋も深まると次にはアイスクリームが食べたくなった。一日に二個は軽い。立て続けに食べたりもする。正月前には、みかんだった。やはり一度に二つ三つは行ってしまう。そしていま、りんごにかぶりついている。
これらの食品、とくに好物だったわけではない。こんなに「食べずにいられない」のは異常である。腹の中の人がわたしを操っているに違いない。
不思議なことのもうひとつは、「力が余る」ということだ。
去年の暮れごろから、わたしは妙にパワフルな人になってしまった。
まず、風呂場の換気扇のタイマーを壊した。
120分のゼンマイ式のタイマーを、120分ぎりぎりまで回そうとした。何気なくつまみをひねっただけなのに、カチン、と頼りない音がして、行きすぎてしまっていた。内部の歯車の弁を通り越してしまったらしく、こうなるともう二度と元には戻らない。
つぎには、膝丈までのストッキングやタイツを、3枚引きちぎった。いや、ただ、ずり落ちそうになってるところを両手で引き上げただけである。なのに、指のところにぶつりとはかなく穴が開き、二度と履けないものになってしまった。
卵を握りつぶしたのは1度だけで済んだ。冷蔵庫から何気なく取りだしたとたんに、親指が殻にめり込んでいたので驚いた。
どうも、力の加減がうまくいかなくなっているようである。
同時に、体の感覚が鈍くなったのを感じている。
このところ、歯磨きが気持ちよくてたまらない。歯茎と歯の間にブラシが通る感覚がこの上なくよろしい。しかしここで、思わず、怪力を込めてしまう。ふつうに磨いただけではもの足りないような気がするのだ。同じように、舌を磨きすぎてしまう。でも、この力で磨くのがえらく心地よいのである。
入浴中は、ボディタオルでごしごし体を洗うのが楽しみだ。妊娠前は、泡立てた石鹸を使って手のひらでなでるくらいのソフトな洗い方が気に入っていたのに。以前と比べたら肌が悲鳴を上げそうなほど、がしがしとこすってしまう。
これらの事例を夫に話すと、おもしろい仮説を立ててくれた。
「分娩に備えて、力をつけているんだよ。力むときに力が足りないと困るでしょ。それと、やっぱり分娩に備えて、痛みに鈍感になっているんじゃないのかな。あんまり敏感なままだと陣痛に耐えられないかもしれないしさ」
ほほう。なるほど。これが本当なのかどうかはわからないが、いまのわたしにはえらく説得力のある説であった。
無事出産を済ませたらふつうの人に戻れますように、と切に祈る。
でないと、勢い余って赤ん坊を壊してしまいそうで、ちょっと怖い。
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