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2006.12.24

うおー。おわったー。

たったいま、今年最後の仕事、そして、出産前の最後の仕事の原稿を、発送してきた。くうーーーー、おわったよお。やったあ、やったよ、かあちゃん、えらかったよ! あはははは。めでたいなあ、きょうは。なんかテンションが妙な具合になってきた。

腹の中の人も、よくつきあってくれたね。追い込みのときに子宮が張って困ることもなく、がまんしていてくれた。ありがとうありがとう。あとはあんたを産むだけだ。心おきなく、陣痛を待つことにしよう。

そんなわけで、再開したばかりだというのにしばらくご無沙汰をいたしました。ゆるゆると、再スタートいたしますのでよろしくお願いします。

メールとコメントのお返事、明日以降になるかもしれません。もうすこしお待ちくださいまし。
いつもありがとうございます。

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2006.12.09

父の秘密。

久しぶりに思う存分長湯をした。3時間近く風呂場にいて、桐野夏生『魂萌え!』上下巻を読み終えた。

さすがに、赤ん坊が茹だるといけないという思慮は働いた。だから途中からは膝から下だけを湯につけて、それでもなにか我慢大会でもやっているかのように真っ赤になりながら、ムキになって読んでいた。

しかし正直なところ、わたしはこの小説が好きではない。主人公のやることなすことすべてにいらいらする。なのに最後まで一気に読まされてしまう。桐野夏生にはそういう作品がいくつかあって、いつも悔しい思いをする。

長年連れ添った夫の突然の死。悲しみのただ中で夫に愛人がいたことを知った妻。平凡な主婦だった主人公は自らの老いをみつめながら……というお話。

読み終えたわたしは、18年前の、父の死を思い出している。
納骨はもうすんでいただろうか、まだだったろうか。
わたしと母は、父の職場に、残された私物の整理に出かけた。

平日の午前中のことで、社内は忙しく立ち働く人々で活気づいていた。声をかけてくれる見知らぬ人たちに、いちいち葬式で世話になった礼を述べながら、母とふたりで机のなかのもろもろを段ボールに詰めていった。

そのなかに、A4サイズのマチ付き封筒が1通あった。表に「この封筒は、私に何かあったときにはS兄に処分をお願いします」と書かれている。父の字だ。Sさんは同期のなかでも父がもっとも親しく、信頼していた人物だった。書類が入っているらしく、持ち重りがする。胸騒ぎがした。

母もなにかを感じたらしく、その封筒は自宅宛発送用の段ボールには入れず、手荷物のなかにしまった。

作業は小一時間で終わった。
オフィス街の昼時を避け、遅めの昼ご飯をとったのは、どこか平凡な喫茶店であったと記憶している。サンドイッチとコーヒー程度の軽いものを頼むと、母はがさがさと封筒を取り出した。

やめなよ、Sさんに渡してくれって書いてあるよ。
制止しようとした。けれど母の顔色と形相に気おされて、なにも言えなかった。
お父さん、ごめん。

出てきたのはやはり、父の浮気の証拠だった。
職場宛に届いた女文字の手紙。女が微笑んでこちらを見ている写真。温泉旅館のパンフレット。家族では行ったことのない場所だった。父から女にあてた手紙もある。

わたしをもっとも驚かせたのは、七五調の文語体で書かれた、一篇の詩であった。女へのやや純粋すぎるような思慕の情が、綿々とつづられている。父は、こんなにもロマンチストだったのか。

詩の内容からは、この恋愛が5年前にはじまったことがうかがえた。そして、数々の「記念品」は、それがとっくに終わっていたことをも示していた。女は、父にこれらを送り返したのだろうか。父は思い出を捨てきれず、こうして職場の机の中に封印していたのだろうか。

熱心にそれらを読んでいたわたしにも、小さなテーブルの向かいに坐った母の嗚咽は聞こえていた。顔を正視することも声をかけることもできなかった。やがて運ばれてきたサンドイッチをもそもそと食べながら、母の混乱を思った。

日頃の母は慎重すぎるほど慎重な性格をしている。子供の前で感情をあらわにすることだって、ほとんどなかった。そんな母が、わたしが目の前にいるのにもかかわらず、すぐに開封せずにはいられなかった気持。そして、おそらく想像通りのものだったにもかかわらず、わたしの前で泣き崩れてしまった気持。

しかしこのときわたしはあまりに若かった。若さゆえに、父に思わず同情した。詩の純粋さにあてられたのかもしれない。父の秘密を勝手に暴いた母を、かすかに憎んだ。

お母さんが完璧すぎる妻だから、お父さん浮気したくなったんじゃないの。

もちろんそんなこと、当人には言いはしない。けれどその皮肉はかなり長いことわたしのなかに残ってしまった。いまならば、こんなことはけっして思わない。妻が夫が、どんな人物であっても、「その時」が来る可能性はゼロではないと、知っている。

母はあれからどのように気持の整理をしたのだろう。母が崩れたのはあの日一日きりだった。封筒は、母が持ち帰ってから二度とわたしの目に触れることはなかった。

……読後の余韻が、こんなことを思い出させたのだった。
夫は昨夜からスキーに出かけて留守である。さて、どんなお仲間といっしょなのか。まさか綺麗な女の……なんてことは、こんな夜には想像しないほうがいいのだろう。

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2006.12.07

ニンプの体 腹のこと。

おっぱいに続き、腹周りのことについて書く。

子宮は8ヶ月を過ぎてから急速に大きく膨らみ、現在はみぞおちのあたりまで来ている。これを実感したのは、32週に入った日の明け方のことだ。

中の人は親に似て宵っ張りらしく、真夜中をすぎたころから活発に動き始める。日中は比較的おとなしい(ような気がするが、おそらくわたし自身が動いていて胎動に気が付かないだけであろう)。この日もふとんに入った時分からドスドスと蹴飛ばしてくれるのでなかなか寝つけないほどだった。とろとろと眠りかけていた4時ごろ、大きく一度、へその左上2センチほどのところへドスンときて目が覚めた。その直後、みぞおちに向かって「駆け上がる」あしあとを感じた。3歩、トントントン、と急ぎ足で子宮内壁をのぼっていった。

それはなにか心霊体験めいた違和感だった。ありえないところを、なにか小さいものが駆け上がった。目は覚めていたけれど夢の続きのようで、このまま中の生き物が口から歩いて出てくるんじゃないかと、ちょっと恐ろしい錯覚をした。

「駆け上がる」感覚は、この一度きりだ。その後も相変わらず活発に動いてはいるが、もっくりとおなかを変形させる程度である。

胎動にともなう腹の変形は、外から見ているとかなり面白い(見方によっては、気味が悪いくらいかもしれない)。ときどき、就寝前に腹を剥き出しにしてソファに仰向けに寝そべり、夫に披露している。大きくぼこり、と動いたときなどは、「おお〜」と感嘆の声があがる。「破けないのかねえ」「破けたら大変だねえ」と、間抜けな会話をしている両親である。

33週の健診では、腹囲88センチ、子宮底長30センチであった。外から見ると、おっぱいの直下から一抱えほどの腹がせりだしている状態だ。

体重は妊娠前から+9キロ。
目標を+8キロにおいていたのだが、失敗した。「ふたりきりの最後の結婚記念日」としてホテルに食事に行き、「ふたりきりの最後の旅行」では茨城にアンコウを食べに行き、「ふたりきりの最後の誕生日」にはおうち宴会(わたしだけアルコール抜き)をし……などなど、「最後」をうたい文句にハメを外しすぎた結果である。あと7週間、1キロたりとも増やさない覚悟でいかねばならん。ああしかし、「ふたりきりの最後のクリスマス」「ふたりきりの最後の正月」も控えているのだわあ。

妊娠して毛深くなったという人は多く、わたしもそれなりに覚悟はしていたのだけれど、毛よりも色素が濃くなった。みぞおちからへそを通って陰毛の生え際あたりまで、一直線の「正中線」がくっきりと現れた。これは「妊娠線」とは別ものだ。褐色の色素沈着で、へそのあたりは周りを取り囲むように拡大している。部分的に、そばかすのような濃い部分もある。乳首が黒くなるのには赤ん坊が識別しやすいというメリットがあるだろうが、この正中線に関してはなんのためにあるのかよくわからない。あまり美しくは、ない。

妊娠線は、ずぼらなケアと急激な体重変化のわりには、まだ出ていない。しかし、いつビリッと来るかと思うと、なかなかスリリングではある。用便のときなど、あまり力まないようにしている。

妊娠前のわたしは、縦長でやや深めのへそが密かな自慢であったが、いまは見るかげもない。だんだん浅くなってきたなあと感じたのが7ヶ月に入ったころ。いまは子宮に押されてほとんど平らになり、もうじきでべそになりそうな勢いである。へその底はこんなふうになっていたんだなあ、とつくづく眺め入ってしまう。

へその横に、しこりがある。胎児といっしょに少しづつ大きくなってきた子宮筋腫である。どういうわけかときどき触れる位置が変わるのだが、基本的にはへその右横1センチほどのところにある。いまは、直径4センチほどだ。厚みはどれくらいあるのだろう、外から見たときの皮膚の盛り上がりは3ミリから5ミリほどだ。大きくなるのをとめるわけにもいかず、かといっていまさら切除することもできず、様子見という名の放置をしている。あまり子宮を圧迫しないでほしいなあ、と祈るしかない。

しかしまあ、どこまで大きくなるんだ、この腹は。
そろそろ息苦しくもなってきた。
次回、マイナートラブルなどについて書く予定。

あ、そうそう。
例のデカパン、ジャストサイズになった。先日、洗濯物が乾かなくて洗い替えを切らしたために妊娠前のパンツをうっかりはいてみたところ、あまりの光景にしばらく笑い転げて起きあがれなかった。詳細は省く。

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2006.12.04

ニンプの体 おっぱいのこと。

最終的には3キロにもなる異生物を胎内で育てつつ、二足歩行を頑なに保ち続けているのだから、人類とはまったくもってご苦労ないきものである。腹だけでなく、体のいろんなところに変化がでてくるのも仕方のないことだ。

ブログをさぼっていた7ヶ月からこれまでというのはそれがかなり顕著になってくる時期で、克明にレポートしていればさぞかし読み応えのあるものになっていただろうに、と悔やまれる。
(筆力はともかくとして。過ぎたことだからなんとでも言えるのである)

あまりに日々刻々変わってゆくものだから、「いつどんなふうに」変わってきたのかを思い出すのもすでに困難なことになってしまった。そんなわけで、いま現在、33週にならんとする状況を中心に、体のことについて記しておきたい。

おっぱいについて。

妊娠前、アンダー65のCカップだったものが、現在は70のDカップがちょうどよくなっている。授乳もしやすいクロスオープンのブラジャーだ。ときどき、授乳の練習と称して、むにっと乳房を掴みだしてはにやにやしている。乳輪は相変わらずでかくて、黒い。

血管が目立つようになってきた。乳首に向かって、乳房の上を青い血管がうねうねと集まっているのがよくわかる。じいっと見ていると、軽く、グロテスクな感がなくもない。

やや切迫早産の気味があるわたしは、乳首のマッサージをすると子宮が張るので37週までは触らないように、と病院から言われている。しかし、お風呂にはいるとつい、やってしまいたくなるのだな。だって面白いんだもん。

乳輪を指でつまむと、乳首の先にぽつっと白くおっぱいが、出る。
最初に気づいたのは、9月10日のことだった(これだけは記録していた)。左のお乳の先っぽに3個所、直径2〜3ミリの大きさでぷつりと湧いた。すごいすごい。わたしったらいよいよ哺乳類。

……と、大感動していじりすぎたせいで、たぶん頻繁に張るようになってしまった。医師と助産師が、半分呆れ気味に乳首マッサージを禁止した。いまは週に1〜2回、「明日は一日外に出ない安静日」というようなときにだけ、こっそりつまんでみている。

出てくる液体は、その日によって微妙に色合いや濃度が違う。脂肪が多いのか黄みがかっていることもあれば、まっ白でさらさらのこともある。もとは赤い血液かと思うと、実に不思議なものである。

まだ味見はしていない。舌をのばせば届くのだが、なんとなく勇気が出ない。湯船のなかで絞り出したときなどは、そのまま湯のなかに溶かしてしまう。夫に内緒で「人乳風呂」をこしらえているわけだが、こうして書いてみるとあまり気持のいいものではないような気がしてきた。

こういう具合だから、母乳育児にやる気まんまんである。すでに断乳を終えた友人から「桶谷式」という乳房管理法の本を借りた。いい加減な性格のため、書いてあることすべては実践できないとは思うが、迷ったときの指標のひとつとして読んでおきたい。

ひとつだけ不満がある。
せっかく人生でいちばん乳の大きな時代を迎えているというのに、腹のほうは輪をかけて大きいから、まるっきり豊乳に見えないのである。いや、むしろ「あれ、こんなにおっぱい小さかった?」と思えるほどだ。なんか悔しい。

この錯覚は、体重管理の危機ももたらしている。8ヶ月を過ぎたあたりから急激に膨脹しはじめた胴回りのせいで、太ももが細く見えるようになってきたのだ。あら、わたしったらこんなに足がすらっとしていたかしら、と喜んでしまったうっかり者である。この1ヶ月あまりで4キロ増という失態をやらかしてしまった。

客観的にみれば実際は、胴も尻もおっぱいもでーんと張った立派なニンプ体型である。残りわずかのニンプ生活、血圧と体重を保って健康に過ごせるようにがんばろう。

次回はおなか周りについて書く。たぶん。

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メールアドレス変更のお知らせ。

お知らせしていたアドレス(sugar@〜)を廃止し、あらたに以下のアドレスを取得しました。ご登録の変更をお願いいたします。

wasabi_suteoku◆yahoo.co.jp (◆を@に置換してください)

2007年1月までは旧アドレスも受信いたします。
旧アドレスはフリーメールとはいえ、気に入って長いこと使っていたので残念です。「来年1月でサービスを廃止する」という通知がきたため、泣く泣くyahooへ変更と相成りました。

お手数をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします。

★ついでお願いをいくつか。

このところ、わたしの元にもずいぶんスパムメールが来るようになりました。タイトルには「こんにちは」「はじめまして」「お元気ですか」などという、いかにも親しげなものが多くみられます。開いてみてがっかり、ということがあまりに続いたので、お願いです。

なるべく、タイトルには具体的な内容をお書きください。「不妊治療の病院について」「ブログ読みました」などのように、ブログ関連のメールであることがわかるようなものだと、助かります。または、「すてきな奥さんなれるかな」「わさび」などの文字を混ぜてくださると、たいへんわかりやすくなります。

また、これまでにお便りをくださった方のなかでお返事が未着という方がいらっしゃいましたら、申し訳ありませんが再度新アドレスのほうへお送りください。旧アドレスのほう、ちょっとサーバが不安定な時期があったようです。スパムメールにまぎれて、失礼ながら開封せずにうっかり削除してしまったぶんもあるかもしれません。後者のばあい、とくに申し訳ありませんが、どうかなにとぞよろしくお願いします。

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うれしくて。

再開に寄せて、皆様からあたたかいコメントをいただきました。
ありがとうございます。
ブログを続けていてほんとうによかった。
お気持のあたたかさが、師走の風をやわらげてくれました。

突然の休止前があんなエントリだったため、ご心配をおかけしてしまいました。あらためて、こころよりお詫び申し上げます。あまりに考えなしの、浅はかなことでございました。申し訳ありません。これからはこういう不手際のないよう心がけます。

あっでも、記事の内容的には、あんまり進歩のない、いままでどおりのつれづれになることと思います。人間というものは、とくにわたしのようなうっかり者は、そうそう急激には大きく飛躍することができないようでございます。こんなんで重ねて申し訳ありませんが、どうかこれからもよろしくお付き合いくださいますよう、お願いいたします。

 わさび 拝

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2006.12.01

皆様、お元気でいらっしゃいますか。

ご無沙汰しております。わさびでございます。
こんなに長いこと放置したのははじめてで、どんな顔して戻ってくればいいのかちょっと戸惑っています。おずおずと、再開です。わけあって、ネット断ちしていました。そのうち弁解エントリ書きます。

コメントをくださった皆様、申し訳ありませんでした。
メールでご心配くださった皆様、ありがとうございます。
その他各方面でお気持をお寄せくださった皆様、いつもありがとうございます。

すこしづつ、お返事申し上げられると思います。
申し訳ありませんが、もうちょっとだけ、お待ちください。

腹の中の人は、おかげさまで無事でございます。32週、9ヶ月になりました。親を全身で蹴飛ばして悪びれもせず、すくすくと成長を続けている模様です。

まずは、再開のごあいさつでした。
ああ、もうすっかり冬です。抜け落ちた秋のことは、ぼちぼち、思い出してみることにしましょう。
今後とも、どうぞよろしくおつきあいのほど、お願い申し上げます。

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