久しぶりに思う存分長湯をした。3時間近く風呂場にいて、桐野夏生『魂萌え!』上下巻を読み終えた。
さすがに、赤ん坊が茹だるといけないという思慮は働いた。だから途中からは膝から下だけを湯につけて、それでもなにか我慢大会でもやっているかのように真っ赤になりながら、ムキになって読んでいた。
しかし正直なところ、わたしはこの小説が好きではない。主人公のやることなすことすべてにいらいらする。なのに最後まで一気に読まされてしまう。桐野夏生にはそういう作品がいくつかあって、いつも悔しい思いをする。
長年連れ添った夫の突然の死。悲しみのただ中で夫に愛人がいたことを知った妻。平凡な主婦だった主人公は自らの老いをみつめながら……というお話。
読み終えたわたしは、18年前の、父の死を思い出している。
納骨はもうすんでいただろうか、まだだったろうか。
わたしと母は、父の職場に、残された私物の整理に出かけた。
平日の午前中のことで、社内は忙しく立ち働く人々で活気づいていた。声をかけてくれる見知らぬ人たちに、いちいち葬式で世話になった礼を述べながら、母とふたりで机のなかのもろもろを段ボールに詰めていった。
そのなかに、A4サイズのマチ付き封筒が1通あった。表に「この封筒は、私に何かあったときにはS兄に処分をお願いします」と書かれている。父の字だ。Sさんは同期のなかでも父がもっとも親しく、信頼していた人物だった。書類が入っているらしく、持ち重りがする。胸騒ぎがした。
母もなにかを感じたらしく、その封筒は自宅宛発送用の段ボールには入れず、手荷物のなかにしまった。
作業は小一時間で終わった。
オフィス街の昼時を避け、遅めの昼ご飯をとったのは、どこか平凡な喫茶店であったと記憶している。サンドイッチとコーヒー程度の軽いものを頼むと、母はがさがさと封筒を取り出した。
やめなよ、Sさんに渡してくれって書いてあるよ。
制止しようとした。けれど母の顔色と形相に気おされて、なにも言えなかった。
お父さん、ごめん。
出てきたのはやはり、父の浮気の証拠だった。
職場宛に届いた女文字の手紙。女が微笑んでこちらを見ている写真。温泉旅館のパンフレット。家族では行ったことのない場所だった。父から女にあてた手紙もある。
わたしをもっとも驚かせたのは、七五調の文語体で書かれた、一篇の詩であった。女へのやや純粋すぎるような思慕の情が、綿々とつづられている。父は、こんなにもロマンチストだったのか。
詩の内容からは、この恋愛が5年前にはじまったことがうかがえた。そして、数々の「記念品」は、それがとっくに終わっていたことをも示していた。女は、父にこれらを送り返したのだろうか。父は思い出を捨てきれず、こうして職場の机の中に封印していたのだろうか。
熱心にそれらを読んでいたわたしにも、小さなテーブルの向かいに坐った母の嗚咽は聞こえていた。顔を正視することも声をかけることもできなかった。やがて運ばれてきたサンドイッチをもそもそと食べながら、母の混乱を思った。
日頃の母は慎重すぎるほど慎重な性格をしている。子供の前で感情をあらわにすることだって、ほとんどなかった。そんな母が、わたしが目の前にいるのにもかかわらず、すぐに開封せずにはいられなかった気持。そして、おそらく想像通りのものだったにもかかわらず、わたしの前で泣き崩れてしまった気持。
しかしこのときわたしはあまりに若かった。若さゆえに、父に思わず同情した。詩の純粋さにあてられたのかもしれない。父の秘密を勝手に暴いた母を、かすかに憎んだ。
お母さんが完璧すぎる妻だから、お父さん浮気したくなったんじゃないの。
もちろんそんなこと、当人には言いはしない。けれどその皮肉はかなり長いことわたしのなかに残ってしまった。いまならば、こんなことはけっして思わない。妻が夫が、どんな人物であっても、「その時」が来る可能性はゼロではないと、知っている。
母はあれからどのように気持の整理をしたのだろう。母が崩れたのはあの日一日きりだった。封筒は、母が持ち帰ってから二度とわたしの目に触れることはなかった。
……読後の余韻が、こんなことを思い出させたのだった。
夫は昨夜からスキーに出かけて留守である。さて、どんなお仲間といっしょなのか。まさか綺麗な女の……なんてことは、こんな夜には想像しないほうがいいのだろう。
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