義母の脳腫瘍の手術の記録である。病院名や詳しい診断、日々の様子などについては省く。大まかな流れと、それにともないわたしが感じたことを中心に書いていく。
--------
6月の末日、夫がつとめて平静を装いながらもあまり明るくない声で、義母に脳腫瘍が見つかったことを告げた。5日後、都内の大学病院に入院。その10日後には、7時間以上にも及ぶ大手術で腫瘍を摘出した。
右の大脳皮質の底の部分、視神経のごく近くに、2センチ大の腫瘍があった。CTの写真にも、くっきりと、それが写っていた。素人目にもこれはまったく異物であるなとわかるほどで、教科書や医学書の説明写真みたいだ、と思った。
義母は73歳。小柄なからだで、友人と連れだってよく旅行に出かける活発な人だが、持病は高血圧だの甲状腺の腫瘍だのといろいろあった。だからこそ些細な体調の変化にも敏感であったのだが、今回の腫瘍の発見にもその繊細さが役に立った。
脳腫瘍の主症状は起き抜けの頭痛だそうだが、義母の場合それはほとんどなく、肩の凝りと歯痛がひどくて脳神経外科に行ったのだという。そんな脈絡のない症状でよくまあどんぴしゃりと当該診療科にあたったものだと思うが、なんでもみのもんたのおかげらしい。たまたま見ていた番組で、そんな情報をやっていた。不安になって脳神経外科を探し、誰にも内緒でこっそり訪ね、写真を撮ったらそんな次第でびっくりし、家族が呼び出されて入院と相成った。わたしはあの手の健康番組は好きではないが、こうして実際に役に立つこともあるということは、どうやら認めざるを得ない。
早期発見はお手柄であったが、いざ入院してからの義母は、いつもより余計に小さく見えた。「頭蓋骨を開いて脳を露出し、腫瘍を摘出する」だなんて大手術を前に、誰が落ち着いてなどいられようか。気持が萎んで、いまにも泣き出しそうな顔を見ると、命に関わる大病をしたことのないわたしはなんと声をかければいいのかわからなくて、ただつまらない世間話に終始してしまった。
頭蓋骨のどこからも一番遠い位置にある腫瘍であり、しかも原因ははっきりとはわからないが腫瘍の大きさに比べて脳全体の腫れが著しいという所見もあって、手術前の検査は慎重に行われた。その過程でこんどは2個所の動脈瘤まで発見された。
手術の前日になると、ベッドの上にちょこんと座る義母のもとに入れ替わり立ち替わり、いろんな話をしに関係者がやってくる。手術室のナース、麻酔医、執刀医、病棟のナース、病棟での担当医。ついでに研修中の看護士と医師までついてきた。それぞれが、自分の持ち場で行われることの手順の説明や、何度も確認したはずの血液型や既往症などについて念のための確認をする。
なるほど医療ミスを防ぐための大切なプロセスであるな、とわたしは感心して見ているのだが、義母にしてみれば1人やってくるごとに緊張が2割増ほどになるらしく、すべての説明が終わったころにはもうぐったりしてしまった。
説明を聞きながら義母は、途中途中で「でもね、いまはぜんぜん頭も痛くないの」「どうしても切らなきゃいけないのかしらね」と、たぶん本人も無駄だとわかっている訴えを、でも言わずにはいられない。話を遮られながらも、みな辛抱強く説明してくれた。
わたしはほとんど病院に縁がなかったため他と比較のしようがないのだが、この病院はなかなか感じがいいようだ。医師も看護婦も、じっくり時間をかけて患者の話を聞く。話すときにはしっかりはっきり、尋ね返せば何度でも、嫌な顔をせずに話してくれる。最初に義母の診断をしたのは教授先生だったが、この人も30分以上かけて丁寧に解説をしてくれた。大学病院というものにもっと冷たい印象をもっていたのだが、まるきり違っていた。この病院が特別にすばらしいのか、それとも最近の傾向としてどこもこうなっているのかはわからない。
手術の日、義妹(とは言ってもわたしよりも年上なのだが)とその娘が手術開始前から病院に詰め、地元の病院で妊婦検診の予約があったわたしは午後からそれに付き添った。夕方には仕事を早引けした夫もやってきて、6時近くには手術結果を担当医から揃って聞くことができた。
腫瘍は、他の組織への癒着がほとんどなく、摘出は非常にスムースに終わったという。風船の空気口をちょんと切るようなイメージだ。しかし、右の脳を持ち上げる際、脳へのダメージを減らす為に静脈を2本切断した。また、腫れている脳全体を動かさざるを得なかったため、これらのことが今後どのような影響を及ぼすかはわからない。2個所あった動脈瘤のうち、今回の手術範囲にあった1個所だけはクリッピングの処置をした。もうひとつは左の脳にあるため、未着手。若干、左半身に麻痺が残る可能性があるが、大きなダメージはないと見ている、等々。
ナースステーションのすぐ向かいにある観察室に戻ってきた義母は、まだ麻酔から覚めきっていないらしかった。大声をかけるとぴくりと目を開けるが、反射的な反応のようにも見える。しかしそれにしても。ついさっきまで、この人の脳味噌は剥き出しの状態だったんだ……と思うと、人間の生きる力やら医療の力やらに圧倒される。
きょうで術後10日。その後の回復は順調である。きのうは入浴もし、髪も洗ってもらったという。抜糸が済んでいるのだ。自分でスプーンを使って全粥を完食し、支えを使って自力でトイレにも行く。顔の右側がまだ少し腫れていて目が開きにくいが、しゃべる言葉もしっかりしているし、心配していた麻痺も残らなかった。現在、脳の腫れをとるための薬を日に何本か点滴しているらしい。それが治れば、あとは体力を戻すだけだ。すでにリハビリ室にも通っているとのこと。動脈瘤の心配は残るが、ひとまずは、めでたいことである。
*文中、「看護婦」と書きました。もちろん差別目的で書いたものではありません。「看護師」という言いかえに疑問をもっているので敢えて旧来の表現を用いています。この病院には「看護士」もたくさんいて、なるほど「看護師」という性別のない言葉も便利だなあとは思いました。
最近のコメント