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2004.11.12

ご意見募集。

先のエントリに子供を子供扱いしようよと、書きました。今のところ、わたしはこんな考え方でいます。

書きながら、けっこうこれは面白いテーマなのではないかと感じました。「友達親子」が増えているというのなら、その理由があるはずです。どうしてそれに憧れるのか。そのように育てられた子供はどんなふうに感じているのか。それをもっと知りたいと思います。

わたしは現在不妊治療中の、子育てをしたことがない主婦です。子育ての実際を知りませんから、偏見もあるかもしれません。ぜひ、わたしの意見への反論、異論をお聞かせください。誹謗中傷からご賛同まで歓迎です。いただいたご意見を受けて、このテーマをもっと深く掘り下げてみたいと思います。

・子育て中のお母さん、お父さん
・親御さんに不満をお持ちの子供さん
・教育現場で働く方
・親子関係や子育てについてご意見をお持ちの方

「一言いわせて」くらいの軽い気持ちでお書きください。書き込みにあたり、メールアドレスの入力は不要です。どうかなにとぞ、よろしくお願いします。お待ち申し上げております。

●05.01.07追記【メールも募集してます!】
「コメント欄に書くのは抵抗がある」という方、よろしければメールで、ご意見お聞かせください。メールアドレスは、この記事のコメント欄「わさび」のところをクリックしてください。ご遠慮なく、どうぞ。お待ちしております。

●関連記事
子供を子供扱いしようよ……日経新聞の記事から
夕方の匂い……深夜のスーパー銭湯で見た母子

※ぜんぜんコメントがつかなかったらものすごく寂しいので、少し様子をみたあとで、この記事を削除するかもしれません。実際、今のアクセス数ではまったく反響がない可能性も否定できず……へたれですみません。

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コメント

はじめまして。
私も34歳、今は関西に住んでいますがさいたま市出身です。やっと授かった8ヶ月の子がいます。妹さんのお子さんとと同じ月齢ですね。本を全然読まないおバカさんなのでうまい文章がかけませんが、軽い気持ちで書きますね(笑)

大人の都合に合わせている親を見かけると、悲しい気持ちになりますね。こんな時間に、こんな場所に、来るのはおかしいだろう?って思うこと良くあります。本当に我慢のできない親が多すぎます。ベビーカーも親の都合でしかないと私は考えています。だからうちにはベビーカーは存在しません。

でもね、我慢させすぎ、しかりすぎ、という例も見ています。子どもは反抗もできずにただ涙を流し、更にしかられる。

要はバランスなんでしょうけどね。親子の一線は、必要だと思います。でも時には友達みたいな時間もあってもいい、という風に考えます。

ちなみに・・・子どもにすべて合わせていたら、1日何もできません(T_T) 叫ぶ子どもに「ごめんね、待っててね」といいながら洗濯物を干す毎日です(苦笑)

投稿 いずらん | 2004.11.12 23:51

いずらんさん、こんにちは。コメントありがとうございます。嬉しくて飛び上がりました。

子育てをなさっている方のご意見は、沁みるものがありますね。所詮わたしのは机上の空論に過ぎない。妹の子育てを身近で見ていると、その大変さ、また喜びが、伝わってきます。いずらんのブログを拝見しましたが、やはり同じ感慨を覚えました。お子さまのお健やかなご成長をお祈り申し上げます。

不妊のわたしには子育てへの憧れが強いらしく、その反動か、見方が少々辛辣になる気配があります。また、実体験に根ざしていない批判は抽象論になりがちです。この点を反省しつつ、ネットでのご意見募集と並行して、子持ち友人への取材も進めていこうと思いました。

わたし自身を振り返ると、いずらんさんのおっしゃる「我慢させすぎ」「しかりすぎ」に近い育てられ方をしてきたのかな、と思います。「親の強い支配下にいた」という実感です。人は育てられたようにしか育てられないのでしょうか。でも、なんだかそれはちょっと違うのでは、とも感じています。「支配するのではなく、友達でもない親子関係」が理想なのかな、とは思いますが、それってどんなものなんだろう。これから考えなくちゃならない課題です。「バランス」って大事ですね。どういうとき、大人としての親の顔をみせ、どんなときに友達のように接すればいいのか。

さらにご感想・ご意見などありましたらぜひお寄せください。ありがとうございました。

投稿 わさび | 2004.11.14 10:45

自己レスです。
親、特に母親が「友達親子」を意識し出すのは子供がどのくらいになったときだろう?
乳児の頃、母親にとって子供はただ無条件に「与えるべき」存在だ。「友達」という関係とは遠いようにわたしには思える。まあしかし、日経の記事によると、九ヶ月の子供をベビーカーに乗せ居酒屋にたむろする親もいるというから、「大人の世界に連れ込む」という意味では、その母親にとってはすでに「友達」気分なのだろうか。
もしくは、大人の領分に連れ込むことと、「友達親子」とは意味合いが若干違うのかもしれない。それぞれの場合について、少し例を集めてみたい。

投稿 わさび | 2004.11.14 17:55

はじめまして。金魚と申します。
私は今、33歳。結婚して丸三年。まだ子どもはいません。
たまたまこちらの記事を拝見して、興味を持ったので、コメントさせていただきます。

私もわさびさんと同じく、大人の世界に子どもが入ってくること…特に普通子どもは寝ているだろう時刻に子どもが外にいることに関しては、かなり違和感を持っていました。

考えてみれば、小さい頃から親に「大人の世界に入ってきてはいけない」「大人の会話に口を挟んではいけない」と、ことあるごとにいわれ続けていたことが、自分の中での価値観の基本になっているような気がします。

「友達親子」に関しても、子どもがある程度成長した時点(せめて義務教育を終える程度)で、「そのような関係」になるのなら、わかる気がします。子どもも「一個人」としての考え方等が出来上がり、親と対等に意見交換ができるようになるのは、最低でもそれくらいの年齢から…ではないかと個人的には思うので。
やはり「友達」というのは「対等」「同じレベル」でないとなれないと思うんです。
そういう点でも、小さい頃から友達のように子どもを扱うなんて、私はとてもとても考えられないのです。

いずらんさんの「我慢させすぎ、しかりすぎ」というのも、確かにありますよね。そして「要はバランス」ということも納得!です。
私自身、物心ついてから、小学校中学年くらいまでは、親が恐くてしょうがありませんでした。けれどその反面、一緒に生活している中で「自分は親に愛されているんだ」という自覚はありました。やはり、自分のことを一番に考えてくれているというのは、何をしていてもわかりますし。そういう点では我が家はバランスが取れていたのではないかと思います。
逆に、こうして自分が大人になってみると、当時の親の気持ちは何となくわかる気がしますし。
親から受けた躾をそのまま自分の子どもに対してするのではなく、一旦自分の中で受け止めて、自分の判断でよいと思ったことは真似すればいいし、違うと思ったことは自分なりに考えた方法で子育てしていければ…いいですよね。というか、それが理想です。

結局、わさびさんのおっしゃってることと同じようなことを言ってますよね。(汗)

実際に子どもを育てる時点にならないと、何ともいえないのですが…。
堂々と、沢山睡眠とれるのも、子ども時代だけじゃないですか。どんな状況の子どもでも、大人の都合に振り回されず、できるならお天とさんのサイクルと同じように、起きるべき時間に起き、眠る時間にはたんと眠って貰いたい。そして元気に成長していって欲しいですね。

そんな私の考えは、甘いのかもしれませんが。
大変長い文章になってしまいました。(しかも、とりとめがない)ごめんなさい。
色々な方のご意見、私も伺いたいです。。。

投稿 金魚 | 2004.11.26 21:55

金魚さん、こんにちは。コメントほんとうに嬉しいです。

よかった。あの違和感はわたしだけではなかったんだ……! いずらんさん、金魚さんお二人にご同意いただきました。こうなると、ますます「子連れで居酒屋何が悪い!」というご意見もうかがいたいところです。また、そのお母さん自身の子供時代にも興味がわいてきます。

> どんな状況の子どもでも、大人の都合に振り回されず、
> できるならお天とさんのサイクルと同じように、起き
> るべき時間に起き、眠る時間にはたんと眠って貰いた
> い。そして元気に成長していって欲しいですね。

このあたり、心から同感です。のびのび、すくすく、って感じ。成長するにつれ難しくなっていくのでしょうけれど、せめて小学校低学年くらいまではこんなふうに育てたいものです。

金魚さんは「親」=「大人」ということをきちんと理解して成長なさったのですね。親御さんとご自分との関係を理性的にとらえていらっしゃいます。バランスのとれたご家庭ならではだと思いました。

そんな金魚さんのおうちに思いを寄せていたら、「その逆はどうなっているのだろう」ということが気になってきました。

「友達親子」の子供は、親をどんなふうに見ているのでしょう。
友達だと思っていたのに、あるとき急に大人の顔で支配してきたら? きっかけなんていくらでもありそうです。進学、恋愛、就職。どんなに友達ぶっても、子供の人生の岐路に、「親として」口を出さずにいられるとは思えません。「都合のいいときだけ友達ぶって、結局親は親じゃん」という現実を知ったとき、子供はどう行動するでしょうか。

うーん。どなたか、そんな例をご存じありませんか? ぜひとも聞いてみたいです。

金魚さん、どうもありがとうございました。この件については、これからもずっと、考えていきたいと思っています。またお力をお貸しくださいませ。今後ともよろしくお願いします。

投稿 わさび | 2004.11.27 01:09

わさびさん、はじめまして、チカママと申します。
asukaさんの所から来ました。

このテーマで書き始めると、1日かかってしまいそうで、コメントもためらったのですが、でも私も考えていますよ~と伝えようと思いコメントする事にしました。

私は中1と小4の男の子の母、44歳です。今は色々な事が、なぜ?まさか?って思うことばかりです。物や情報や遊ぶ所が溢れていて、子供たちにとっては、逆にかわいそうだなって思ってしまいます。それは親にとっても同じです。よほどしっかりしていないと、どんどん流されて行ってしまいます。

そして、そういう良いものも悪いものも、生み出しているのは大人です。悲しい現実です。

私は、子供に対して子供も大人もなく、一人の人間として接しています。それは生まれた時からです。母親として出来る限りの事をして、いい事と悪い事の区別を教え、自分で考え、発言する事が出来、たとえ横道にそれたとしても、またまっすぐな道に戻って来れる、そんな人になって欲しいと思っています。

抽象的な意見ですみません。

わさびさん、治療大変ですね。わさびさんの痛みも苦しみも本当には分かりはしないけれど、でも授かる事、祈っています。


投稿 チカママ | 2004.12.20 12:02

チカママさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

ほんとうに、このテーマを考えていくと何も手に付かなくなりそうで、でも考えちゃうことが多いですね。

11歳の子供の放火事件やら、相も変わらず絶えることのない虐待事件やら、ニュースを見るたびに暗澹とします。この難しい時代に子育てをなさっているお母さん方のご苦労を思うと、わたくしなんぞが口を挟むことの愚かしさも同時に痛感します。

ちょっとこれから外出しますので、のちほどゆっくりお返事させてください。電車の中でご意見噛みしめて参ります。

チカママさんのところにも寄らせていただきますね。ありがとうございました。

投稿 わさび | 2004.12.20 12:29

ふたたび、チカママさんへ。
先ほどは急ぎでお返事してしまってすみませんでした。あらためて。

中1君と小4君ですか。わたしは女きょうだいの女子校育ちで男の子のいるご家庭を想像できないのですが、なんだか元気いっぱいで楽しそう、なんて思ってしまいます。でもそろそろ、ぐんぐん背が伸び始める頃でしょうか、難しいお年頃に突入ですね。

さっきも書きましたが、この社会での子育てには、わたしの想像を絶するご苦労がおありでしょう。そんな中で生まれたお言葉には普遍の真理があると感じました。

「一人の人間として接する」というのはたぶん、究極の答えのひとつではないかと思います。そしてこのことは同時に、親自身の人間性を厳しく問われることでもあります。

さまざまな「良いもの」と「悪いもの」を作り出してしまった大人の責任として、その清濁を見極める目を育ててやらなければなりませんね。そのためには、親自らが確かな目を持ち、揺るぎない意志で、子供に接しなければならない。とても難しいことです。

わたしは、子供に恥じることなく自分の価値観を伝えられるだろうか。そんなところを見直すことから、始めたいと思います。

チカママさん、ほんとうにありがとうございました。まだまだ考え続けます。これからもよろしくお願いします。

投稿 わさび | 2004.12.21 00:12

わさびさん、おはようございます。
いつもは、5時に起きるのですが、今朝は何だか早く目が覚めてしまいました。

ご丁寧に、コメントありがとうございます。
わさびさんのようにみんなが考えて、感じてくれたらいいのになあ、と思います。
よく、お母さん友達同士で「こうやって話をする人はみんなちゃんとした考えを持ってるけど、そうじゃない人、たくさんいるんだよね~」って話す事があります。

でもね、わさびさん、子育ても、迷いながら、悩みながら、時には子供に「ママ間違ってたね、ごめんね」とか、「ママはこう思うけど、あなたはどう思う?」って聞いたりしながら、試行錯誤の毎日です。子供のために、子供が笑顔でいるために、私も挫けそうになりながら、笑顔でいたいなって思っています。

わさびさんの記事、夫の協力、にもありましたけど、話をするって事はとても大切なことですよね。
私の友達にも、一人で苦しんでいた人がいました。私に話さないで旦那さんに話しなよ!と何度言った事でしょう。

子育ても、話をしながら、子供と一緒に、でいいと思うんです。
私もまだまだこれからです。

大人の時間に子供を連れ回す親たちに腹は立つけれど、多分話しても、何が悪いの?ってことになるのでしょうね。でも腹を立てる事は必要だし、私もその一人です。

ごめんなさい、長くなりました。
お互いに頑張りましょうね。

投稿 チカママ | 2004.12.21 05:11

チカママさん、ありがとうございます。

先のチカママさんのコメントを、昨日の記事(「小5の中絶って、どうよ」)に引用させていただきました。ありがとうございました。

悩みながら、語り合いながら、親も子供も、成長していくんですね。今思えば、わたしの母もそうだったのかもしれません。ただひたすら完璧な人だと思っていましたが……。今度ゆっくり話す機会があったら、聞いてみようかな。怒られちゃうかな。

「大人の時間に子供を連れ回す親たち」とは、ぜひ話し合ってみたいと思っています。わたしに見えていないだけで、何か正義があったりするのかもしれない。やっぱりここでも、対話が最初にあるべきだと思うんです。

長いコメント、大歓迎ですよ〜。だって、わたしもどうしても長くなっちゃうんです。またぜひ、よろしくお願いします。

投稿 わさび | 2004.12.22 00:08

初めまして、新米ママと申します。
こころんさんのBlogより流れてきました。

最近、大人時間に巻き込まれている子供って多いみたいですね。
自分が子供の頃は、夜の9時10時に起きていたら「まだ起きてんの?!」なんて叱られていたのに…

ああいった大人時間に巻き込むのは、結局は大人の都合でしかないんですよね。
自分さえよければそれでいい、みたいな。
私はまだママになって間もないのですが、そういう親には絶対になりたくないと思っています。
だから「子供を子供扱いしよう」というわさびさんの考えには、私はとても共感しました。

今はモノも情報も溢れている時代だから、小さい子が化粧やオシャレに興味を持つことも仕方ないことなのかもしれません。
だけど化粧だってオシャレだって、大人になりゃいくらでもできるんだから、子供の時は、子供の時にしかできない遊び(例えば外で遊びまわるとか虫取りするとか)をたくさんして、とにかく泥んこになって遊んだ方がいいんじゃないかなって思ってます。


あぁ、なんだかうまくまとまらない文章でごめんなさい。
だけどわさびさんの書かれる事は共感する部分がとても多くありました。
またお邪魔させて頂きますね。

投稿 新米ママ | 2004.12.22 15:13

新米ママさん、いらっしゃいませ〜。
またおひとり、共感してくださる方がお見えになって、嬉しい限りです。よかった。若いお母さんがみんながみんな、「深夜の居酒屋に子供を連れ込むママ」ではないことがわかって一安心です。

新米ママさんのところはお嬢さんなんですね。かわいいお姫様、お健やかにご成長なさいますように。

最近の女の子は、子供の頃から眉を整えたり髪を染めたりと、ずいぶんおしゃれには気を使うようですね。でもこれって、大方は親のいじりなんじゃないかと感じています。高校出るまでぼーぼー眉だったわたしが言うのもなんですが。

子供らしさってなんだろうな〜と思います。新米ママさんがおっしゃる子供の姿が、わたしにはいちばんしっくり来るようです。

今後ともよろしくお願いします。新米ママさんのブログも、楽しみに拝見させてください。ありがとうございました。

投稿 わさび | 2004.12.22 17:00

す、すいません・・。ひょっとしたら空メールみたいなのを
送ってしまったかもしれません。こういった書込みをするのは慣れていないもので・・。
本来、私はこういったテーマにはふさわしくないのかもしれませんが、私も子育てについていろいろ考えたりするので、本当に軽い気持ちで書いてみようかなと思って書き込んでます。
子育てについて考えていると言っておきながら、私はまだ結婚もしていない、22歳、男です。しかもまだ学生なので、社会にも出ていないので、抽象的なことしか言えません。
どちらかというと、子供側の意見を言うほうが適当でしょうね。
私が子供のころの母、父に対する記憶といえば、父がすぐ手を出す人で、母がその分優しかったような印象があります。子供の頃の私は、なぜ殴られたり怒られたりするのか理解できず、父は恐怖の対象でしかありませんでした。あ、暗い。殴られると言っても虐待とかではなく、今思うとちゃんとした理由があった上で叩かれてるので、全然暗い話じゃないんですけど☆叩かれた後で母が慰めながら父をフォローしていたのを子供ながらに「バランスのいい親だ・・」と思っていたのをよく覚えています(笑)
子供扱いに関して全然触れてないのに気付いたので、今から触れます★父と母は、やってはいけないことをした場合は怒ったり、なにか疑問に思ったことを私が聞いたりした場合は教えてくれたり考えを言ってくれたりしていました。しかし、幼い頃から自分がしたいことや考えには否定的な言葉を言われたことがありません。たぶん、「自分の考え、行動には責任を持て」ってことだと思います。ごくごく短期間の間でしたが、小学校1年生の頃に私は軽いイジメにあっており、学校に行く、行かないも自分で決めた記憶があります。結局行くことを決意して、イジメはなくなりましたけど。単なる放任主義だった可能性もありますが、私は幼い頃から子ども扱いをしてもらわずに育って、そのおかげで強くなったと思っています。結局進路も全然親に相談しなかったので、親としてはハラハラしたらしいですけど。
子供扱いするもしないも、親の考えている理想的な成長に近づくためなら私はいいと思います。子供の寝ている時間帯にどこかへ連れて行くのも「色々な世界を見せて学校では教わらないことも学ばせたい」とかだったらそれはそれでいいんじゃないかな・・と。ただ、大人の都合で・・とか、遊びたいけど子供が近くにいないと心配だから近くにおいておこうとかだったら私は賛成できませんけど。
う~ん、まとまりがない・・。だらだらと長くなってしまってすいませ~ん・・。

投稿 パテラ | 2005.06.01 00:29

●パテラさん
はじめまして、ようこそ。せっかくお越しいただいたのに、お返事がこんなに遅くなってしまってほんとうに申し訳ありません。

コメントありがとうございます。あ、空メールのようなもの、は来てませんでしたよ。ご安心ください。

男の方、しかもこれからお父さんになる若い方からのご意見は、とても頼もしく感じます。世代も、性別も違う方の考えを知るのって、とても楽しいことです。

パテラさんが22歳でいらっしゃるから、お父様お母様は、いま40代後半〜50代前半くらい、でしょうか? 夫とほぼ同世代、ですね。夫にも成人した子供がいておかしくない年なんだな、と思うとなかなかに感慨深いものがあります。

そんなわけで敢えて「お若い」ご両親、と言わせていただきましょう。お若いのに、なかなかに古風な役割分担のご家族だな、と感じました。

昔ながらの、そして現在の父親が失ってしまったと言われている「父性」をお持ちのお父様。そして、お父様をフォローしつつ、家庭を包み込む「母性」でパテラさんを守るお母様。また、そういうご両親のもとで、まっすぐな考え方を身につけたのが、パテラさんなのだと思います。

「子供扱いする」ということを考えたとき、「自主性を重んじる」こととの境界をどこに引くかはとても大切なテーマですね。どういった場面なのか、ということはもちろん、子供の年齢や、成長過程によっても、その判断は大きく変わってくるでしょう。

パテラさんは、自分で責任をとるということを幼い内から実践することができました。とかく過干渉、過保護になりがちな現代の子育ての中では、なかなか難しいことなのではないかと思います。すばらしいですね。

まだまとまってはいませんが、わたしが考える「子供扱い」も、決して「甘やかす」ことでも「過干渉」でもないつもりです。

例えば、ちょっと極端な例ではありますが、こんな場合。
子供に、「どうして人を殺してはいけないの?」と聞かれたら。

「子供といっしょに考える」というのは大切な過程かもしれません。「子供に考えさせる」というやり方もあると思います。でも、この問に関して、理路整然とした答えを導ける親ってどのくらいいると思いますか? そして、自分で答えにたどり着ける子供って、ほんとにいると思いますか?

人を殺してはいけない理由、それは、「殺してはいけないから」だとわたしは思っています。

ほかの理由を考えてみましょうか。よく聞く答えは、「命は地球よりも重いから」「人が死んだら悲しいから」なんてやつです。

では、「どうして命は地球よりも重いの?」「どうして人が死んだら悲しいの?」「悲しむ人がいなければ殺してもいいの?」という問には、何と答えましょう?

結局、「なぜ人を殺してはいけないのか」の答えは、親と子で考えてわかるようなものではないのです。

この場合、とにかく、「人を殺してはならない」という、生きていく上での「決まり事」を子供に教えることが最も重要だと考えます。これが、わたしの考える「子供扱い」のひとつの形です。答えが出ない問を子供に押しつけ、考えさせること、それは、子供に過剰に期待しすぎることだと思うのです。

まず「決まり事」を身につけ、しかるのちに「どうして」を子供が考え始めたら、その手伝いをするのは親の務めだと思います。「考えるな」と言ってしまっては、今度は過干渉になります。

うーん、なかなか説明しにくい例を出してしまったかもしれないです。もしわかりにくかったら、ご指摘ください。

「子供扱い」というテーマについて、皆さんのご意見を聞いたり本を読んだり、また、実際に子育て中の妹や友人に会ったり、これまでかなりいろいろと考えてきました。

そろそろ中間段階でのまとめをしなければ、と思いながら、延ばしのばしになってしまっています。そんな中でパテラさんのご意見を拝見して、整理すべきポイントが見えてきたような気がします。ありがとうございました。

もう少し、時間がかかるかもしれません。できるところから、進めていきます。

もしよろしければ、今後ともどうかご意見お寄せくださいませ。
楽しみにお待ちしております。

どうもありがとうございました。

投稿 わさび(パテラさんへ) | 2005.06.04 21:58

はじめまして
レノすけさんのところから来ました^^

私はなぁんにも考えずに子育てがほとんど終わっちゃいました(笑)

現在私は46歳で子どもは23歳♀(保育士)22歳♀(OL)もうすぐ20歳♂(大学生)です

う~ん
考えてみると私はたぶん子どもたちを「子ども扱い」はしていなかったと思います
小さいうちから「大人」として扱ったような気がします

ここで言う「子ども扱い」とはだいぶ違いますけど。。。

「子どもだから許される」と言う甘えはNG
また「子どもをつれているから」と言う甘えもNG

そのほかはなぁんにも怒らず気がついたらみんな大人になっちゃいました(笑)

だから うちは対等の目線で話せる「友達親子」です
最近は私のほうが子どもに怒られます(苦笑)

日付が変わるほどの時間に子どもを連れまわすのは とんでもないこと

でも 遅くない時間に居酒屋程度 そして回りに迷惑をかけていないなら なんとなく許せちゃうかも(笑)

もしかしたら とっても久しぶりに来ているかもしれないじゃないですか(笑)
子どもがいて自分の時間が取れなくて 毎日子どもの世話と家事をしていて ほんのたまの息抜きだったら^^ヾ

子どもが騒いで注意しないのは論外ですけどね^^

小さいうちから美術館や博物館 静かな図書館などに連れて行くと「騒いではいけない場所」があると子ども心にもわかってくると思います
(あ~ でも息子はばかっちょだから だめだったかもな~ あんまり覚えてないけど)

投稿 ともも | 2005.06.05 22:35

●とももさん
こんにちは。ようこそ、お越しくださいました。
すばらしい、3人のお子さんを立派に育て上げられたのですね。
うらやましい限りです。

子育ての大先輩からこうして体験をうかがうのは、わたしにとってとても有意義なことです。どうしても理ばかりに走ってしまいがちなところに「ちょっと待った」をかけることができます。

最近は、「子供扱い」も「大人扱い」も、子供の年齢や場合によりけりかも知れないな、と、思うこともあります。

でも、まずはそのまえに、親のほうがしっかり「大人」の自覚がないといけないな、とも思います。

毎日新聞で最近「子供への性的虐待」についてよく取り上げています。実の親による虐待も多く、一体どうしてそんな人間が「親」になったものか、と、やりきれない思いで読んでいます。

「大人」として、子供にどう接するか。そんな、当たり前の節度自体が根本から揺らいでいるのです。

とももさんのおっしゃるように、

1.きちんと「大人」の自覚ができていて、
2.子供にとってそれが有意義である(もしくは害がきわめて少ない)、
3.他人に迷惑をかけない

という判断ができる場合なら、居酒屋だって美術館だって、大丈夫なんじゃないかと思います。この頃は、どれかが欠けている人が目に付くのが、かなしいところです。

どうぞ今後とも、よろしくお付き合いくださいませ。
ありがとうございました。

投稿 わさび(とももさんへ) | 2005.06.06 02:31

「鳥はみずからの力だけでは飛べない」田口ランディー
を読んで すぐにここを思い出したました。
ひきこもりの友人の高校生の息子に宛てた手紙10通。
最後のほうにね、彼の周りの人が「不登校でもいいやん」「学校いかなくてもエライ人はいっぱいいるしさ」とか「あなたはあなたでいいやん」と言うのに えらく反抗したランディーさんがいるのです。

子供は大人じゃない。それってすごく大切なことなんじゃないかな。
私が結婚した時に上司がおくってくれた言葉に仲良くする秘訣は?という質問に「男と女の違いを理解すること」と書いてくれました。
そういうことなんだと思う。
女の人のほうが怒りっぽい。
男の人のほうが力持ち。
全てではないけれど そういう性質がありがち。ということを頭にいれておくことは大事かもね。
そうすれば どうして?が減るのかもしれない。
子供に対しても 大人の観点を押し付けたらいけないと思う。
なんていうのかな、1人の人間としてもちろん認めたうえで 子供だということを忘れたらいけないんだと思うのです。
自己責任はまだしんどいよね。まだ迷うし、あなたの好きなように・・じゃぁ途方にくれてしまうかも。

大人の話しを聞きすぎて耳年寄りになるのも やっぱり考えものかなぁ
これはこういうものだ。という観点をいれてしまうからね。
子供にとって親って絶対じゃない?小さい時ほど。
親の世界=正しい、お母さんは何でもできる。って。
だから 親の意見というのはすごく影響が大きいんだよね。
「聞かせない話」というのは大事な気がするな。

ダラダラと書いてしまいましたが もしまだ読んでいなかったら
一度読んでみてください。

投稿 yurinekko | 2005.09.01 22:16

●yurinekkoさん
こんにちは。長らくの宿題になっているこの記事ですが、まだまだ考え続けています。たぶん、いつか子育てが始まっても、ずっと結論は出ないかもしれないな、なんて最近では思ったりしてます。こうしてコメントをいただくのもたいへんうれしく、励みになります。ありがとうございます。

田口ランディさんの、たしかそれはウェブサイトで連載をしていたものではなかったかしら、最初の1回くらいを、読んだことがあります。そっか、本になったのですね。

タイトルは「自分のちからだけでなく、風にのって、風のちからも借りて飛ぶんだ」という意味かな。「不登校でもいいやん」って言葉は、「そのままのあなたを認めてあげるよ」みたいに甘く響くけど、じつはとっても無責任なんじゃないかしら。ランディさんは、もしかしたらそういうふうに感じて抵抗したのかな。誰かの、「風」になることって、「ただ無条件に受け入れる」ということとは違うんだろうな。

……と、いろいろと想像してみました。

相手のことを好きになればなるほど、自分との違いが見えなくなるってことは、よくあるかもしれません。親子ならなおさら。だって自分から生まれてきた、いちばん近い人間なんだもの。でも、それは「わたしとは違う人間」であり、しかも「大人とは違う子供」でもあるわけで。

そのへんのところをランディさんがどんなふうに書いているのか、興味があります。機会をつくって、ぜひ読んでみます。
ご紹介、ありがとうございました。

投稿 わさび(yurinekkoさんへ) | 2005.09.02 00:15

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